魚は鏡を見て「自分が映っている!」とわかる!? 魚に「心がある」可能性を明らかにする実験内容とは

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公開日:2021/11/26

魚にも自分がわかる ――動物認知研究の最先端
『魚にも自分がわかる ――動物認知研究の最先端(ちくま新書)』(幸田正典/筑摩書房)

 水産大国である日本。私たちは魚に親しみながら育ってきた。直接コミュニケーションをとれない魚について、私たちはさまざまな推測を行ってきた。痛覚がない、人とは色の見え方が違う、感情はない…。しかし、近年の研究から、人と同じく魚も自己認識ができ、心がある可能性があるらしい。

 世界で唯一「魚類の自己意識に関する問題」に取り組んでいる大阪市立大学理学部・動物社会研(通称)の幸田正典教授が記す『魚にも自分がわかる ――動物認知研究の最先端(ちくま新書)』(筑摩書房)によると、動物社会研が10年前に、「魚が鏡像自己認知ができる」(=魚が鏡に映った自己を認知できる)ことを示す最初のデータを提示してから、世界で魚に対する理解の変化が急激に進んだという。

 本書によれば、すでにここ30年ほどの研究で、魚類は陸上脊椎動物に引けを取らない複雑な社会をもつことがわかっていた。魚たちは、ヒトや霊長類と同じように、主に視覚で個体識別をしているという。「魚が鏡像自己認知ができる」ことがわかるに至ったまでの数々の実験内容と結果が、本書には詳細に綴られている。

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 まず、魚食魚に襲われた経験のない小魚(デバスズメダイ)に魚の顔の模型を見せて、反応を調べた。魚食魚は前から見ると丸顔でその中に大きな目と大きな口があり、捕食される藻食魚は縦長の細い顔で、その目と口は小さい。すると、デバスズメダイの稚魚は、魚食魚を見たこともないのに、魚食魚の顔が接近したときは、藻食魚の顔のときより早く逃げ出したというのだ。

 そこで著者は、デバスズメダイの稚魚は魚食魚の特徴である大きな目と口…つまり「顔」を認識する能力を生まれながらにもっていると仮定する。ヒトもそうだが、顔がもつ個体差の情報量は大きく、特に弱肉強食の世界ではより素早く「敵か味方か」などを判断できるため、重宝されているそうだ。

 さて、著者は次に、家族で子育てをする「プルチャー」という魚で実験を行う。プルチャーの1つの集団には、両親のほか、「ヘルパー」と呼ばれる子育てを手伝う若魚が5〜15匹ほどおり、互いに視覚によって個体識別をしているそうだ。プルチャーは顔の部分に茶色、黄色、青色の小さな模様があるが、体全体にはこれといった模様はない。そこで、小さな水槽を2つ並べてしばらく飼い、お互いが攻撃し合わなくなった「隣人関係」を形成したプルチャーのグループに対して、「隣人」と「他人」の顔と体を入れ替えた合成写真を見せ、反応を探った。すると、全身隣人の動く画像に対しては警戒時間が最も短く、全身他人では最も長く、「他人の顔+隣人の体」の合成では全身他人と時間の度合いはあまり変わらず、「隣人の顔+他人の体」の合成では全身隣人とあまり変わらなかった。やはりプルチャーは、顔の模様で同種でも隣人か他人かを見分けていたことがわかった。

 さらに著者は、サンゴ礁などに暮らし掃除共生魚として知られる「ホンソメワケベラ」で「魚が鏡像自己認知ができるかどうか」の実験を行う。複数のホンソメワケベラに鏡を見せて、反応を見たのだ。すると、鏡を見せた初日は多くの時間を割いて鏡を攻撃していたものの、2、3日目には攻撃時間が大きく減少し、1週間目までに攻撃はなくなったそうだ。興味深いのは、3日目ごろから「不自然な行動」を鏡の前でとったこと。ホンソメワケベラは鏡の前で突然ダッシュしたり、上下逆さになったり、踊ったりと、通常の挨拶行動や求愛行動などの社会行動とは違う奇妙な行動を見せた。本書によると、こういったタイミングでの同様の行動は、霊長類であるチンパンジーでも見られる。

 そして、ホンソメワケベラの、この自己確認のためと見られる奇妙な行動は、3日目ごろの後にも先にも見られなかったという。

 著者がホンソメワケベラの行動をさらに細かく観察したところ、3日目ごろの奇妙な行動の終わりに、鏡の前で急に大きな動きが10~20秒ほど続き、直後から確認行動が一切見られなくなった。この瞬間に「ユーリカ!(わかった!=「あーっ、俺なのか!」)」と思った瞬間だと推定される。数々の実験結果から、魚は鏡像自己認知ができると、本書では結論づけられている。

 鏡像自己認知ができるとされる類人猿、ゾウ、イルカ、シャチ、ウマ、カササギ、イエカラス、ハシボソカラスなども、よく観察すれば、ホンソメワケベラのように「ユーリカ!」の瞬間が見られると推測できるそうだ。本書によると、「ユーリカ!」は思考の末に自分だと理解した瞬間といえそうであり、言語をもたない動物も思考ができる可能性を示すものだという。また、思考ができる存在には、「心がある」とも。私たちにとって親しみ深い魚だが、未知の部分はまだまだあり、興味深い。

文=ルートつつみ (@root223

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