じわる恐怖がクセになる!? 妖怪物語の名作を「絵巻まんが」で。『まんが訳 稲生物怪録』

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/9

まんが訳 稲生物怪録
『まんが訳 稲生物怪録(読み:いのうもののけろく)』(大塚英志:監修、山本忠宏:編、筑摩書房)

 日本の妖怪は、怖い。その恐怖感をあえて「擬態語」で表わすなら、「じわりじわり」はどうだろうか。外国産ホラーのクールなモンスターと違って、日本独自の風土や住居環境に根ざした「物の怪(もののけ)」たちは、今でも押入れの暗闇の中に潜んでいそうで、そのリアル感が「じわじわっ」と怖いのだ。

 本書『まんが訳 稲生物怪録(読み:いのうもののけろく)』(大塚英志:監修、山本忠宏:編、筑摩書房)は、そんなメイド・イン・ジャパンならではの「じわる恐怖」が詰まった一冊だ。物語の時代設定は寛延2年(1749年)5月。16歳の稲生平太郎は、祟り(たたり)があると言い伝えられる大木に触れてしまい、その後の1ヵ月間、夜が訪れるたびに、自分の屋敷で怪しい妖怪たちに襲われるはめに……!?

『稲生物怪録』の物語は、もともとは江戸時代の中期、備後国の三次藩(現在の広島県三次市)で生まれた。ただし、本や絵巻によって物語の内容にいくつかのバージョンが存在する上に、そもそも誰が作者なのかも不明であるため、「謎多き作品」としても知られる。現代の妖怪ファンの間でも人気が高く、過去には水木しげるによるマンガ版や、京極夏彦による現代語訳本も発表されてきた。

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 今回の「まんが訳」は、江戸時代に描かれた「怪談絵巻」を「マンガ風」のコマ割りレイアウトで再構成(=翻訳)したもの。数年前には同様の手法を使った『まんが訳 酒呑童子絵巻』(筑摩書房)も刊行されており、本書は、同じ制作チームによるシリーズ第2弾に当たる。今風のポップなイラストではない代わりに、江戸時代に描かれたオリジナルの怪談絵巻の世界には、不思議な「異界感」がある――しばらくじーっと眺めていると、時空を超えて、物語が生まれた時代=江戸時代へタイムトリップした気分にさえなってくる。

『稲生物怪録』は、基本的に一話完結で綴られていく。平太郎が住む屋敷には、夜になると、奇抜な風貌の妖怪たちが次々に出没する……のだけど、面白いのは、平太郎のリアクションだろう。もちろん最初は驚いて、反撃を試みようとするのだけど、歯が立たない相手だと察すると、ふとんに潜りこんで、さっさと寝てしまうことも……!? じわりじわりと迫ってくる恐怖の一方で、どこか達観したユーモアもあって、そのギャップがなんとも不思議な味わいなのだ。

 なお、ひとつ補足しておくと、本書で「まんが訳」された『稲生物怪録』の物語は、実は、前半の部分が大きく欠落している。その理由は、今回の元本となった絵巻(『稲生家妖怪傳巻物』)が、残念なことに、後半部分のみしか現存しないからだとのこと。その詳しい経緯や欠落部分のストーリーについては「あとがき」で触れられているので、まずはそちらを先に読み、その後に「まんが訳」の物語に進むことをお勧めしたい。

 ちなみに、本作の舞台となった広島県三次市では現在、妖怪文化を柱とする観光ツアーが盛んで、2019年には『稲生物怪録』の資料を多数揃えた妖怪博物館(三次もののけミュージアム)もオープンしている。本書の「じわりじわり」な魔力にハマった方は、ゆかりの地を回る「聖地巡礼」に出かけてみるのもいいかもしれない。ひょっとしたら、どこかで本物の平太郎や妖怪たちに会える!……かどうかは定かではありませんが。

文=内瀬戸久司