「あさひは失敗しないから」――母親の“おまじない”は娘の呪いに… 「いい子」だったはずの女子大生・あさひが引き起こした事件とは

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/8

あさひは失敗しない
『あさひは失敗しない』(真下みこと/講談社)

 親がよかれと思って伝えた言葉が、子どもにとっては呪いになることがある。習い事や友達付き合い、毎日のファッションにいたるまで、親という生き物はあれこれと口を出してくる。「もっと○○なほうがいいんじゃない?」「まさか××じゃないでしょうね」といった具合に。子どものためを思ってなのか、それとも子どもを思い通りにしたいのか。おそらくなにかが100%ではないのだろうが、それは子どもの性格や価値観に大きな影響を与える。「○○じゃないとダメなのかな」「××はいけないことなんだ」――。年月を重ねて繰り返され、いつしか自分と切り離せなくなる。

 本作『あさひは失敗しない』(真下みこと/講談社)は、少し歪んでしまった、でもどこか他人事とは思えない母娘の物語だ。ミステリー作家8人による「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーンのうちの1冊でもあり、ミステリーファンの間で話題となっている。著者は、『#柚莉愛とかくれんぼ』(講談社)で第61回メフィスト賞を受賞した真下みことさん。第2作となる『あさひは失敗しない』は、母娘関係を中心に、男女関係や友達関係の違和感をあぶり出していく。大学生活の嫌な感じがよく表現されていて、目をそむけたいはずなのに、ついのめり込んでしまう引力があった。

 主人公のあさひは、ひとことで言えば「いい子」である。真面目に授業や課題をこなし、お酒はきっちり20歳まで我慢する。しかも、初めて参加する飲み会の前には、家でお酒を飲む練習までする真面目さだ。そして、“一気飲み”の空気になれば、お酒に慣れていなくてもきちんと飲む。彼女はつねに、その場の「正しい」とされる行動をとろうとする。なぜなら、失敗したくないからだ。

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 あさひの「失敗したくない」性格は、母親の影響によるもの。母親は幼少期から「あさひは失敗しないから」とおまじないをかけ、あさひに立ちはだかる障害をすべて取り除こうとしてきた。大学生になった今も、飲みに行くと言えば、「その飲み会、男の子はいないよね?」と確認し、位置情報共有アプリで常に娘の居場所を確認する。はじめは不安を取り除いてくれた「おまじない」は、いつしかあさひにとって「失敗できない」呪いとなる。大きくなりすぎたその思いは、作中でとんでもない事件を引き起こす。

 本作は、大きく3つのパートに分かれ、それぞれ男女関係、友人関係、母娘関係を描いている。第1章は、飲み会で距離が縮まった友人の彼氏・谷川くんとの男女関係。「その男はやめときな!」と思いながら読み進めるうちに、あさひは間違った「正しさ」に絡めとられてしまう。第2章は、あさひの数少ない友人・律子との関係を描く。対等なはずの友人関係に、些細なところで上下が生まれる様子がとてつもなく生々しい。自分の過去や今の関係性がいくつも脳裏をよぎった。

 第2章で起こる事件をきっかけに、第3章ではいよいよ、あさひは「失敗したくない」性格の原因となった母親と対峙する。自分の一部となってしまった価値観と向き合うのは誰だってこわい。彼女は普通のひとよりずっと不器用に、遠回りをしてある結論にたどりつく。それは読者の中にもある恐怖を、少しだけ和らげてくれるものだろう。読み終えたとき、タイトルの「あさひは失敗しない」から受ける印象は大きく変わっていた。これもひとつの「どんでん返し」というわけか。

文=中川凌 (@ryo_nakagawa_7

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