“あかずの間”にはなにが隠されている? いま、ファンタスティック・ミステリーの扉が開く

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/4

あかずの扉の鍵貸します
『あかずの扉の鍵貸します』(谷瑞恵/集英社)

『あかずの扉の鍵貸します』(谷瑞恵/集英社)の舞台は、まるで迷路のように入り組んだ構造の洋館、通称“まぼろし堂”。ここにはその名の由来である幻堂設計事務所があるが、残りの空き部屋には風変わりな下宿人たちが住んでいたり、“あかずの間”として貸し出されていたりする。大学生の水城朔実(みずき・さくみ)は、あることがきっかけでこのまぼろし堂について知り、館の主である幻堂風彦(げんどう・かざひこ)と出会う。朔実は“あかずの間”にまつわるさまざまな謎と、その謎を守る幻堂風彦に惹かれていく。

 あかずの間と言うと、何をしても開けられない部屋を想像する。しかし、本作品に登場するあかずの間は、鍵がかかっていたりはするものの、比較的簡単に開けることができる。そこをあかずの間にしているのは、周囲の人々の認識と、そこを開けない約束を守る姿勢である。また、“あかずの間”に何かを預けたいと願った借り主の意志が、その扉を封印する。

 あかずの間の中にあるものは、たいてい金目のものではない。誰にとっても価値の高いものであれば、金庫などのセキュリティが高いところに隠したほうが懸命だ。あかずの間に託されるのは、託した人にとってお金より大切なもの。たとえば秘密であったり、誰かへの想いであったりを象徴するものなのだ。

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 物語は主人公の朔実と館の住人たちの交流を軸に、章ごとにそれぞれのあかずの間の謎が解き明かされていく。そのプロセスにはミステリーの要素が盛り込まれるが、アンサーとして描かれるのは過去から継がれてきた人間ドラマである。

 住人ですら迷ってしまう洋館という舞台や、簡単に開けられるけれど守られている“あかずの間”という装置は、まるで人間の心そのもののようだ。人間の心も合理的には設計されていないし、大切な記憶や想いは鍵をかけて守っておきたい。もしもその鍵を誰かに渡すのならば、複雑な間取りでも愛着をもって探求し続ける一方で、適切なタイミングがくるまでは無理やり扉を開けない人がいい。

 本作品は、読者自身や大切な人の心の中にある、それぞれのあかずの間について考えるきっかけになる。そして物語を読み進めることで、その鍵を誰かに託したり、誰かから託されたりすることの尊さを追体験できるだろう。

文=宿木雪樹

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