『黒牢城』で国内ミステリランキング4冠! 米澤穂信が愛するミステリとは?

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/9

米澤屋書店
『米澤屋書店』(米澤穂信/文藝春秋)

 作家デビュー20周年を迎える米澤穂信氏の集大成となった『黒牢城』(KADOKAWA)が「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」などで第1位を獲得し、国内ミステリランキングで4冠を達成した。『満願』(新潮社)や『王とサーカス』(東京創元社)での3冠に引き続き、またもその年のミステリシーンを代表する作品となった。そんな米澤穂信さんは、作品を通じて読者を広大なミステリの世界へと誘う案内人でもある。

 たとえば、結末のない自主映画の内容を推理する『愚者のエンドロール』(KADOKAWA)のあとがきでは、同作が多重解決ものの名作『毒入りチョコレート事件』(アントニイ・バークリー)の本歌取りであることや、多重解決+映画の組み合わせで『探偵映画』(我孫子武丸/文藝春秋)という先例があることに触れている。『愚者』をきっかけに、過去の名作に手を伸ばした読者は多いのではないか。筆者もそのひとりで、『毒チョコ』や『探偵映画』を読み、先人たちの積み重ねによって作られるミステリのおもしろさを知った。

 そんな米澤さんが本にまつわるエッセイ集を出すというのだから、買わない選択肢はない。本書『米澤屋書店』(米澤穂信/文藝春秋)は、米澤さんが過去に発表した書評、対談、イベントの講演録などを集めたもの。対談相手は、柚月裕子さん、麻耶雄嵩さん、有栖川有栖さん、朝井リョウさんと豪華な顔ぶれだ。イベントの講演録も、過去の雑誌に掲載されているものの、現在は入手しにくいものが多く貴重である。

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 加えて、米澤さんが好きなミステリを思う存分語るエッセイも書き下ろされている。国内・海外のミステリを10作ずつ、しかも長編・短編でそれぞれあげているので、これだけでも何を読むか迷ってしまうほどだ。名前だけは知っている名作は改めて「やっぱり読まねば」と思うし、ノーマークだった作家さんを知ると「なぜ今まで知らなかったんだ」と頭を抱えることになる。すでに読んでいる本の紹介も、自分では気づかなかった新たな視点をもらえるので楽しくて仕方ない。

 それから、米澤ファンにおすすめしたいポイントをもうひとつ。福岡県大刀洗町で行われた講演の内容はぜひ読んでほしい。“大刀洗町”での講演ということで、太刀洗万智が活躍する〈ベルーフ〉シリーズについての解説があるのだ。読者に強い印象を残す“太刀洗万智”という名前が決まった経緯や、創元推理文庫版に記載されている英題の由来が語られる。たとえば『王とサーカス』の英題は「Kings and Circus」。そのままなら「The King and the Circus」とするところだが、なぜKingが複数系なのか? そこには米澤さんのある願いが込められている。

 本書は、ミステリ初心者からコアなファンにまで勧められる一冊と言っていいだろう。米澤さんの作品からミステリを読み始めた方にとっても、有名なミステリはあらかた読みつくしてしまったという方にも、必ずや次に読みたい作品が見つかるはずだ。まさに“書店”と呼ぶべき本であった。

文=中川凌 (@ryo_nakagawa_7

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