命を救った少年は連続殺人鬼か、それとも――。人間の本性に迫るクライムサスペンス!

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/15

真夜中のマリオネット
『真夜中のマリオネット』(知念実希人/集英社)

 人間は、実に多面的な生き物だ。ある人から見ると「明るくて親しみやすい人物」も、別の人から見れば「とってつけたような笑顔で信用ならない人物」に映るかもしれない。関わりが深くなるにつれて、相手に対する印象が変わっていくこともある。ある人物にどんな一面を見出し、何を信じるか。それは相手だけでなく、自分を知ることにもつながっている。

 知念実希人さんの『真夜中のマリオネット』(集英社)は、そんな人間の本性に迫るクライムサスペンスだ。救急医が命を救った白皙(はくせき)の美少年は、果たして天使か悪魔か。プリズムのように刻々と色を変える謎めいた人物像に惹かれ、ページをめくる手がきっと止まらなくなるはずだ。

 小松秋穂は、半年前に婚約者を失い、心に深い傷を負った救命医。しかも愛する人の死因は、病気や事故ではない。殺害後にひと晩かけて遺体をバラバラにし、体の一部を奪っていく連続殺人犯、通称「真夜中の解体魔」によって命を奪われたのである。ショックのあまりしばらく休職していた秋穂だが、約1カ月前に現場復帰し、気丈に働いていた。

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 そんな彼女のもとに、ある夜、瀕死の患者が運び込まれてくる。バイク事故で重傷を負ったその患者――石田涼介は、秋穂の懸命な処置により何とか一命を取りとめることができた。だが、手術室を出た秋穂は、涼介に付き添っていた刑事から思わぬ事実を突きつけられる。秋穂が救った涼介は、この1年で4人もの人間を惨殺した「真夜中の解体魔」、つまり婚約者の命を奪った殺人鬼だというのだ。

 愛する婚約者を殺した相手が、目の前にいる。我を失った秋穂は、隙を見て涼介に復讐しようと試みる。しかし、そんな秋穂に向かって涼介は切々と訴える。「僕は誰も殺してなんていない。罠にかけられたんです」と――。涼介が「真夜中の解体魔」でないなら、婚約者を殺したのは誰なのか。涼介の嫌疑を晴らすような証拠を見た秋穂は、入院中の涼介に代わって事件を調べることになる。

 かくして秋穂は関係者への聞き込みを始めるのだが、話を聞けば聞くほど涼介という人物がわからなくなっていく。警察の言うとおり、彼は紛うことなき殺人鬼なのか、それとも涼介が言うとおり、警察は涼介を犯人に仕立て上げて事件の幕を引こうとしているのか。秋穂に対しては、純真無垢なまなざしを向ける涼介だが、彼女に取り入ろうとしているようにも見えてどうにも油断ならない。しかも、秋穂という人物には、どこか危なっかしいところがある。救急医としての腕は一人前だが、女子中高出身のせいか男性に不慣れなところがあり、性格も生真面目。魔性の少年にかかれば、コロッと騙されそうな節がある。読者としては、秋穂に思いを重ねながらも、ハラハラしながら彼女の動向を見守ることになり、その危なっかしさもページをめくらせる駆動力となっている。

 涼介は、真犯人に操られたマリオネットなのか。それとも、周囲を操る人形遣いか。1枚ずつベールが剥ぎ取られた先に表れる、思いがけない素顔とは。怒涛のクライマックスに圧倒されるとともに、人を信じることについて思いを馳せずにいられない。

文=野本由起

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