「息子が異世界に転生した」──大切な息子を失った母親の心は、どうすれば救われるのか?

マンガ

公開日:2021/12/21

私の息子が異世界転生したっぽい
『私の息子が異世界転生したっぽい』(かねもと/KADOKAWA)

 私個人の話としては、これまで続いた平凡な生活がなんとなくこれからも続くと思っている。根拠はない。とはいえ、連日の事件報道や自然災害などを見るまでもなく、日常を一変させるような事態は頻繁に発生しており、いつ自分や親族の身に何が起こるか分からないのも事実だ。そしてもし、その「何か」が起こってしまったとき、我々は一体どうなるのか──。

『私の息子が異世界転生したっぽい』(かねもと/KADOKAWA)は、タイトルだけ見れば「異世界転生もの」と思われるかもしれない。しかし、実はそうではない。本作は、自分の息子を交通事故で亡くした女性が、息子が実は異世界転生をしたのではと考えているという物語なのである。

 物語は、ひと組の男女が再会するところから始まる。男の名は堂原智太(独身)、そして女の名は葉山美央(既婚)である。ふたりは高校時代の同級生だったが、オタクの智太とクラスの人気者だった美央は接点がほとんどなく、智太は彼女がなぜ連絡してきたのか分からなかった。美央が連絡してきた理由──それは彼女の息子・大我が交通事故で死んだのだが、美央は大我が異世界転生したと考えて智太に異世界への行きかたを教わるためだったのだ。

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 無論のことではあるが、異世界転生はいわゆる「フィクション」である。それゆえ智太が美央を「悲しみを受け止めきれずに、おかしくなってしまった」と思っても、それは無理からぬことであろう。しかし美央は自分が正気だと主張し、ムリヤリ彼の部屋に乗り込んでくるのだった。この日から、智太と美央の「異世界転生する方法」を探す不思議な日々が始まるのである。

 智太は現在でもラノベが大好きなオタクだが、成人した今では異世界など存在しないということを理解している。しかしそれでも、そのことを美央に指摘することなく、彼女と行動を共にしているのだ。美央に指摘して彼女がさらに傷つくのを見るのがイヤだったこともあるが、何よりふたりでの行動が智太にとって楽しい時間だったから。だがそれは、美央の「救われない日々」がずっと続くことであり、そのことに彼は苦悩するのである。

 そして美央はなぜ、そこまで息子が異世界転生したと信じて行動するのか。夫婦仲のあまりよくなかった美央は、息子の大我をとても大事にしていた。ラノベが好きな大我に理解を示し、一緒にアニメを観ようと約束した美央。しかしその約束が果たされることはなく、大我は事故でこの世を去ったのだ。悲しみを忘れようと息子のラノベを読み漁る美央は異世界転生のことを知り、かつてオタク趣味だった智太のことを思い出すのであった。彼女の行動は、息子への愛情に突き動かされたものだ。だからどこまでも本気で、それだけに悲しみも深いのである。

 本作は異世界転生を描いたものではなく、「現実世界に残されてしまった人々」の物語だ。大切な人がこの世からいなくなり、残された人々はどのようにして立ち直るのか。美央の喪失感が癒されるかどうかは分からないが、少なくとも智太との再会によって、「何か」は変わったはずである。傷が癒されるというのは、そういったことの積み重ねなのかもしれない。本作は、生きていくということを考えさせてくれる価値ある一冊であると思う。

文=木谷誠

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