猫に世界を侵食される、見るものすべてが猫になる――もう止まらない! 猫から広がる妄想日記

マンガ

更新日:2021/12/21

妄想猫観察
『妄想猫観察』(迷子/KADOKAWA)

 家族の影響でよく絵本を読むようになり、最近、気付いたことがある。古くは『11ぴきのねこ』や『100万回生きたねこ』に始まり、最近では『ノラネコぐんだん』など、猫が主人公の物語のなんと多いことか。犬が登場する絵本もあるが、猫たちのように話したりイタズラしたりすることはなく、シンプルに動物の犬として描かれていることが多い。怪談でも、猫がモチーフの妖怪はメジャーだ。猫を飼う人間のひとりとして私が至った考えは、猫は謎が多いからこそ、作家のイメージを膨らませる魅力的なモチーフなのでは?ということだ。

妄想猫観察 P17

 そんな私の仮説を証明してくれるのが、猫から広がる妄想を描いたコミックエッセイ『妄想猫観察』(迷子/KADOKAWA)だ。著者は、子猫時代から共に暮らし溺愛する「飼い猫」のかわいさだけでなく、猫の気持ちの想像や、「もしも世界がこうだったら……」という空想を、猫を出発点に膨らませていく。

妄想猫観察 P44

 猫が、自分が座るシーツやクッションまで毛づくろいをして、少しずつ世界を侵食していくイメージ。神は世界を7日で作ったというが、こんなにかわいい猫は神がその後1年くらいかけてじっくり作ったのではないか、という「仮説」。猫のマズル(口周辺のぷくっとしたところ)がその芸術性の高さから国宝に指定され、怪盗に盗まれて……という物語。猫の気持ちを想像するときには「人間を好んで飼育する巨大な生き物」も登場。人の風呂上がりにスリスリしてくるなど、猫の行動の謎に飼育される側の視点からアプローチする。猫好きではない人には行き過ぎと受け取られそうな妄想は、どこまでも広がっていく。

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 しかし、猫を飼っている人、中でも猫の「妄想をかきたてる謎めいた存在感」の沼にハマっている人なら、どの話にも共感してしまうだろう。実際、本書で描かれている「猫のかわいさで発電ができるのではないか」というのは、筆者も真剣に考えたことがあるので驚いた。しかも、その話を知人にしてドン引きされて以来、猫に関する妄想は自分の脳内に止めると心に決めた過去がある。だからこそ、こうして日の当たる場所で猫から広がる妄想話を楽しめるコミックエッセイは貴重だ。猫がテーマのエッセイは世の中に数あれど、真の猫好きはこうした「猫妄想」における共感を求めているのではないだろうか、などと思ってしまう。

妄想猫観察 P93

 猫は犬のようにはなつきにくく、長年一緒にいても、予想外の行動を取り続ける。本書でも描かれているとおり、「物陰から飼い主をじっと見てくる」「引き戸のサッシの上などの中途半端な場所で、寝るでもなく静止している」といった謎行動も多い。考えてもわからないと知っているのにその理由を考え続けてしまう、そんな不毛で豊かな時間を提供してくれるのも猫の魅力だと、本書は教えてくれる。

妄想猫観察 P136

 名だたる作家や映画監督、音楽家たちも、飼い猫に妄想、つまりクリエイティビティを刺激されて名作を生み出してきたのだろう。私たちが今、エンターテインメントから受けている恩恵の何パーセントかは、猫のおかげと言っても……おおらかな猫好きなら許してくれるだろう。猫と暮らせることの幸せを、猫の行動のように気負わないトーンで、それでいて唯一無二の鋭い切り口で伝えてくれる1冊だ。

文=川辺美希

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