推理のゴールまであと何km? 古典部シリーズ第5弾はほろ苦マラソン大会

小説・エッセイ

更新日:2012/10/18

ふたりの距離の概算

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : 角川書店
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:BOOK☆WALKER
著者名:米澤穂信 価格:567円

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『氷菓』に始まる古典部シリーズ第5弾である。ホータローこと折木奉太郎たち古典部員は神山高校の二年生になった。そしてさしたる勧誘活動はしなかったにも関わらず、大日向友子という一年生が古典部に仮入部する。明るくものおじしない性格の友子はすぐに古典部に馴染んだ──ように見えた。しかし仮入部期間が終わりに近づき、そろそろ正式な入部をという時期になったとき、彼女は告げた。入部はしない、と。どうやら部室で千反田えるとかわした会話に原因があるようだが──。

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千反田は後輩を傷つけるようなことはしない、何か誤解があったはずだと考えたホータローが大日向の入部断念の原因を探るというのが本書を貫くメインの謎。しかしここに工夫がある。曜日や日程の関係で、ホータローが「調査」に使えるのは1日のみ。しかもその日はマラソン大会。ホータローはスタートの後でわざとスピードを落とし、後からスタートする古典部員の伊原、千反田が来るのを順番に捕まえて話を聞き、最後に大日向を待って推理を開陳するという手法なのだ。タイムリミットはマラソン大会が終わるまで。20kmの間、メンバーとの距離を測りながらホータローは推理する。

その合間合間にカットバックが入る。新入部員勧誘イベントで大日向と出会ったときのこと。ホータローの誕生日に大日向を含む古典部員が自宅までお祝いに来てくれたこと。大日向の親戚が始める喫茶店の開店前に皆で押し掛けたこと。そしてそれらひとつひとつに「謎」があり「謎解き」がある。つまり謎解きミステリとして入れ子構造になっており、各エピソードはそれぞれ完結していると同時に、実は……という趣向だ。この構成には唸らされる。中で披露される過去の話は、どれも楽しい状況での可愛らしい謎解きだ。しかしその結果、何かが大日向を傷つけた。「楽しい謎解き」が蓄積した結果、思わぬ刃が顔を出す。そこにゾクリとする。

米澤穂信の古典部シリーズは、いや、彼の書く青春ミステリはどれも、可愛い楽しいおもしろいと見せかけてその底に鋭い刃を持っている。その刃は、高校という環境、高校生という年代そのものが持つ刃だ。本編も、大日向の退部の理由がわかった後、つまり謎が解けた後に注目されたい。高校生の彼らにできることとできないことの境目がどこにあるのか、それこそが本編のキモだ。すべての謎と謎解きは、この結論のためにある。

高校時代、学校が世界のすべてだった。卒業して就職して何年も経てば、それはとても小さく狭い世界だったことがわかるが、その当時は世界のすべてだった。それはある意味、無意識の檻かもしれない。けれどその檻の鍵は、内側についているのだ。

このあと、古典部員たちが二年生、三年生の日々をどう過ごし、どう変わるのか。書籍としてまとまっているのはこの第5作までだが、早く続きが読みたいものだ。


なんとアニメ版表紙の次ページに、文庫写真版の表紙も!