ある夫婦とノーベル文学賞受賞者の失踪事件に共通するものとは…。とある町の岬に隠された真実

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/25

失われた岬
『失われた岬』(篠田節子/KADOKAWA)

 コロナ禍が始まった頃、まるでこの事態を予言していたようだと話題になった本があったのをご記憶ではないだろうか。

 篠田節子氏の『夏の災厄』だ。1995年の作品ながら、未知の伝染病にさらされた社会の脆さを詳細に描いたストーリーは、現実に比較してもあまりにリアルだと評判になった。

 その年に著者が紫綬褒章を受章したのは、まさか“予言”の功績を讃えてのことでもなかろうが、現代社会に潜む問題やリスクをたくみに拾い上げ、壮大な物語に仕立てる手腕こそ、著者の真骨頂と言ってよい。

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 10月に出た新刊『失われた岬』(KADOKAWA)もまた、そうした作品のひとつだ。

 2007年の冬、平凡な主婦・松浦美都子は、十数年にわたって親しくしていた友人・栂原清花と突然連絡が取れなくなったことに戸惑い、心を痛めていた。だが、予兆はあった。少しずつではあるが、清花の言動が変化してきていたのだ。酒や肉類を拒否し、わずかな穀物と野菜、ハーブティだけしか摂らなくなった。家財も、必要最低限を残してあらかた売り払ってしまった。そして、北海道の、名も知らぬような町への唐突な転居。夫婦揃ってあまりにも特殊なライフスタイルに移行していく姿に、美都子の夫はカルト宗教による洗脳を疑うほどだった。

 そして、その疑惑は栂原夫婦の一人娘・愛子から「両親が行方不明になった」と連絡があったことで一気に深まる。何かトラブルに巻き込まれたのではないか。美都子は居ても立っても居られず北海道に飛び、愛子とともに行方を追い始めるのだが、探索の先には悲劇的な結末が待っていた……。

 それから時が流れ、2029年。ノーベル文学賞に選ばれた作家・一ノ瀬和紀が授賞式直前に失踪した。「静穏でまったく平和な内面的自由を求めてもう一つの世界に入る道を選びました」との謎めいた言葉を残して。ネットの情報を頼りに行方を探していた一ノ瀬の担当編集者・相沢は、なんとか目撃情報をつかみ、現地に飛ぶ。そこは、かつて栂原夫妻が姿を消した町だった。

 いったい、町には何が隠されているのか。

 物語が進むにつれ、町の岬には戦時中に建てられた施設があり、そこでは怪しげな薬物実験が行われた事実が浮かび上がってくる。そして、数十年もの間、町への来訪者が急に姿を消したり、奇禍に遭う事件がたびたび起こっていたことも。

 失踪者たちに共通するのは、徐々に様子が変わり、まるで聖人のような清らかさ漂う人格になっていった、という事実だった。しかしそれは同時に人間らしさの喪失も意味していた。年齢も境遇もバラバラの彼らを結ぶミッシングリングとは。そして、彼らを導いたものの正体とは。

 複合する謎を追いながら、著者は「人の在り方」を問いかけてくる。欲望を削ぎ落とし続けた時、人に何が起こるのか。一方、現状に過剰適応し、放埒な欲望に身を任せ続けたら、世界はどうなるのか。

 本書もまた、十数年後を予言するものだとしたら、決して心穏やかではいられない。すべての謎が解けた先に著者が提示した未来予想図を、あなたもぜひ眺めてほしい。

文=門賀美央子

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