少年の冒険譚+深い思索を導く傑作

小説・エッセイ

公開日:2012/10/15

新世界より(上)

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:貴志祐介 価格:648円

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われわれ「古代人」がすっかり滅亡した未来。「現代人」は3000人ほどの小さなコロニーを作って、静かで平和な生活を営んでいる。内燃機関のような「野蛮」なシステムは廃絶し、暮らしと経済をつかさどっているのは「呪力」と呼ばれる不思議な力だ。これは、脳内でイメージしたことがそのまま実現されるという魔法の力で、「念動力」や「サイコキネシス」に近いだろう。映画『スター・ウォーズ』の「フォース」さながらといったほうが分かりやすいか。この力のおかげで、争いも餓えもなく、環境にはやさしく、現代人は、「理想郷」ともいえる集落を形成している。

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ここに暮らす少年少女、渡辺早季・青沼瞬・朝比奈覚・秋月真理亜・伊東守らは、外に出ることを禁じられている結界「八丁標(はっちょうじめ)」をおかして、冒険に出かけた先で、バケネズミにであってしまう。バケネズミとは、滅亡した「古代人」の残滓のごと生き物であり、人の形によく似たほ乳類の穴居人なのである。コロニーの人々は、彼らを嫌って、下等な生き物とさげすんでいる。

さて、こうしたSFタッチの少年成長譚というか、少年冒険譚というか、エンタテインメント性満点の物語が貫く裏側に、もう一つの大きなテーマが隠れているところが、手練れの作者ならではの趣向なんである。

つまり、コロニーの内部にはなんの紛争の起こらずにいるけれど、「八丁標」の外の世界とは微妙な対立構造がかもしだされているわけだ。たとえば、「現代人」を「神」と畏れているバケネズミたちも自分たちがおかれた屈辱的な立場に次第に憤懣をつのらせ、物語の後半には氾濫の経緯を見せることになる。

物語としてここで起きていることは、単なる支配者と被支配者の間の闘争にすぎないが、「小説」として起きているのは、もっと普遍的な事柄であるといってよい。たとえば、「理想的な社会」を作る時、「非理想的な因子」を排除することが必然的に起こる。あるいは、絶対的に正しい人たちのグループを作る時、正しくない人たちとの間に緊張関係や否定の衝動が現れる。

ただし、この「正しい」と「正義」は、あくまでも片方から見たそれであり、絶対というものは存在しない。つまり、あらゆる「良いこと」のすいこうには必然的に他者への抑圧が含まれる。と、まあこういう内容がじんわりと仕込まれている深い小説なんであります。


少年の日を回想する形で物語は始まる

記憶は常に時分のいいほうにねじ曲げられる。これは物語全体への遠い伏線でもあるのだ