令和に蘇った清水次郎長! 大親分へと至る黎明期と恋心を描いた痛快小説『男の愛 たびだちの詩』

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/7

男の愛 たびだちの詩
『男の愛 たびだちの詩』(町田康/左右社)

 かつて「海道一の親分」として名を馳せた幕末・明治の侠客・清水次郎長(しみずのじろちょう)。次郎長の養子であった天田愚庵による伝記『東海遊侠傳 一名次郎長物語』(1884年)をはじめ、三代目神田伯山による講談『名も高き富士の山本』、二代目広沢虎造による浪曲『清水次郎長伝』のほか、映画やテレビドラマに描かれ続けてきた国民的ヒーローだ。このほど、そんな次郎長の新しい物語が登場した。町田康さんによる最新小説『男の愛 たびだちの詩』(左右社)だ。

 文政三年(1820年)正月元日、清水の廻船問屋・雲不見三右衛門(くもみずさんえもん)に第三子となる男児が生まれた。「正月元日に生まれた子どもは将来、とてつもない賢才になるか極悪人になる」との言い伝えから、赤子はそのまま三右衛門の妻の弟・米問屋を営む次郎八に養子に出され、長五郎と名付けられた。幼い頃から喧嘩三昧、腕っぷしの強さでは誰にも負けない長五郎は、教育のために預けられた寺でも暴れて追い出され、次郎八の妻の兄・あばれ者の倉沢の平吉に預けられ徹底的に鍛えられることに――。


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『東海遊侠傳』を下敷きにしたという物語は、生来の荒くれ者だった長五郎の幼少期から、国を出てやくざの世界で「男になる」までを描くというもの。副題に「たびだちの詩」とあるが、まさに大親分・清水次郎長の黎明期を描くのだ。作中には浪曲の節回しと威勢の良い啖呵が小気味好くあふれ、物語の勢いと相まって痛快。ウィットに富んだ笑いもあり、一気に楽しめる一冊だ。

 さらになんといっても興味深いのは、タイトルが『男の愛』とあるように、作中にBL風味が見え隠れすることだろう。いわゆる任侠モノは「男が男に惚れる」といわれる世界だが、本作でもそんな次郎長の男気が炸裂するし、なにより次郎長自身も女より男が好きで、福太郎という美少年に恋心を抱くエピソードもある。その恋心のせつなさは妙に繊細で、暴れん坊な外面とのアンバランスさがほほえましい。

 ちなみにBLという言葉が新しいだけに、「江戸のやくざのBL世界」を奇妙に思う方もいるかもしれない。だが開国するまでの日本では男同士の愛は特別なことではなく、「男色」と呼ばれる一般的なものだった(平安期最大のプレイボーイ・在原業平にも男性の恋人がいたというし、戦国時代の武将も男性相手の恋文を残しているし、江戸期には多数の春画も残っている)。物語では次郎長が福太郎に恋心を抱いたり、仲間の金八が次郎長にヤキモチを焼いたり……あっけらかんと自然に描かれる「男が男に惚れる」感覚は、ちょっと新鮮である。

 およそ200年後となった令和の時代、新たにはじまった次郎長の物語を楽しんではいかがだろうか。

文=荒井理恵

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