Twitterいいね数100万超え! 口下手客×口下手店員の、じれったいやり取りが愛おしい『くちべた食堂』

マンガ

公開日:2022/1/2

くちべた食堂
『くちべた食堂』(梵辛/KADOKAWA)

 人見知り、口下手……いろいろあるが、対人スキルが残念でうまく思いを伝えられず、「好き」と「逃げたい」の板挟みになりながら生きている人は多い。かくいう私もどちらかというとそういうタイプで、「私みたいな人が話しかけるなんて迷惑以外の何ものでもないのでは」「でも本当はもっと仲良くしたい」と常々相反する思いに苛まれている。

 先日、そんな不器用さを抱えながら生きている人なら思わず共感してしまうマンガ、『くちべた食堂』(梵辛/KADOKAWA)が発売された。本書はTwitter投稿で総いいね数が100万を超え、発売後すぐに重版が決定するなど人気を得ている注目作だ。

 主人公は、高校で英語の先生と柔道部の顧問をしている教師・ヤナギさんと、定食屋の「味処くちなし」を切り盛りしている店員・くちなしさん。ヤナギさんは、昼休みくらいゆっくり自分の時間を過ごしたいと思い、安息の地を求めていた。そんななか、5年前から気になり続けていた「味処くちなし」のことをふと思い出して入店することに。

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 一方、「味処くちなし」の店員・くちなしさんは、毎週土日のランチタイムに「食うもんねぇなぁ~」という顔で店の前を通る、コンビニ飯ばかりの女性のことが気になっていた。「一度入ってくれたらなぁ……」と思いつつ、度々目が合ってもスルーされ続けてはや5年。もはや心が折れかけていたそのとき、ついにその女性が来店したのだった。

 これが、ヤナギさんとくちなしさんの出会いだ。お互い存在は認識していたものの、2人はここで初めて対面し、ようやく言葉を交わした。しかしここは口下手同士。会話へのハードルは決してなくなったわけではない。

 まず、初めて頼んだ定食を一口食べて「うンまっ…!?」と思い、くちなしさんに「これ美味しい!!」「私の隣に住んで~」と伝えたいと思ったヤナギさん。しかし「うわっ、今さら話しかけてきた!」「その話 長くなる?」と思われるかもしれない、と悶々としてしまい言い出せない。また、同じくくちなしさんも「ご近所さんですよね」「美味しいですか」と話しかけたいと思いつつ、「店員に雑談を振られたくないかも」と切り出せない。

 この話しかけたいのに、感謝を伝えたいのに「変に思われるかも」「今さらかも」と相手の反応を想像して悶える2人に、思わず「分かる!」と全力で頷きたくなる。そしてそれでも思いは止められず、何かできることはないのかと、ヤナギさんが評価サイトにコメントしたりSNSに投稿したりと陰から「推し活」をする場面も、「え、これ私では?」とただただ共感しかない。口下手でない人は「直接伝えれば喜ぶのに」と思い、不可解に思うかもしれないが、なかなかそうは思えずタイミングを逃すのが口下手というものなのだ。

 2人はこのあとも、相手を気遣うあまり空回ったり、思いを半分どころか9割くらい伝えられなかったりと、歯がゆい攻防戦を続けていく。また、口下手ゆえに常日頃から人との距離が遠いため、お互い食堂以外で出くわすと気づかないという、見ているこちらが「そこ! いる! 気づいて!」と言いたくなるような場面も。だが、そこがまたいい。

 そんな不器用で口下手な2人だが、それでもお互いを思う気持ちは純粋で本物。その気持ちが少しずつ2人を近づけていく。その急ぎすぎない、緩やかに縮まっていく距離に思わずほっこり。読めば読むほど、頑張る2人が描かれるこの本が愛しくなってくる。日々の生き急ぐような対人関係に疲れた時、口下手で不器用な自分に落ち込んだ時、きっとこの『くちべた食堂』がそっと寄り添い心を癒してくれるだろう。

文=月乃雫

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