不安になると毛布に変身!? 笑えて泣けるメルヘンチックなぶっ飛びコミック『偽物協会』

マンガ

公開日:2022/1/3

偽物協会
『偽物協会』(白井もも吉/小学館)

 あなたは本物ですか? 偽物ですか? そう聞かれたら、あなたは「偽物ではない」と胸を張って答えられるだろうか?

 わかりやすく、本物=普通と言い換えてみてはどうだろう。とたんに自分が揺らぐかもしれない。普通でありたいと思う人は多いが、自分は普通である、と言い切れる人はどれだけいるか……。

 自分が普通じゃない、偽物かも、と少しでも思った人に読んでほしいのが『偽物協会』(白井もも吉/小学館)。普通に憧れる女子大生と、不思議な生き物たちとの、笑えて泣けるメルヘンチックぶっ飛びコメディだ。

 作者の白井もも吉氏が、現役女子高生漫画家として『週刊少年マガジン』で連載していた『みつあみこ』(講談社)から久しぶりの新作。『偽物協会』1巻が発売された2021年12月、第1話がTwitterに投稿されると、たちまち3万いいねがついた。ジワジワきている話題作のポイントを紹介したい。


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本物=普通に憧れる女子大生が偽物たちの仲間になるお話

 大学生になりたての18歳・包見綿子(つつみわたこ)は、体にとある秘密を抱えている。それは強い不安を感じると、所かまわず体が毛布になってしまうことだ。彼女は大学でさっそく毛布になって、風に飛ばされてしまった。

 そんな彼女を拾ったのが五藤絵空(ごとうえそら)。彼は綿子が「人間の偽物」だと告げ、自らが会長をつとめる「偽物協会」に誘う。そこは偽物を認め、共存し、世界をちょっぴり楽しくする組織だという。

「偽物協会」には筋肉ムキムキのサボテンの偽物、鳥になりたがる石の偽物、人の耳を嫌うイヤフォンの偽物、そんなおかしな生物たちが在籍していた。

 綿子はショックを受け「私人間じゃないんですか…? ちゃんとできるようになりたい、ちゃんと生きて、ちゃんとした仕事について、いつか“猫”を飼ったりするような普通の素敵な人になりたくて。どうして私は本物になれないんですか……」と泣く。

 絵空は、そんな彼女を真っすぐに見て、こう言うのだ。

…なぜだろうね、君の言う通り
普通という物は本当に輝かしい皆の憧れだ
なのに、なぜ誰も普通に生まれてくることができないんだろうね。

 彼は続けて唐突に「君、僕に毛布として雇われるのはどうだろうか? ちゃんとした仕事があるんだから、君はちゃんとした偽物だ。ちゃんとした人生も送れるに違いない!」と申し出る。

 綿子は、時給1200円、お茶休憩あり、交通費支給という条件で雇われることに。

 ただそれは「男の人と一緒に寝る」ことであり、目が覚めて毛布から元に戻ると「絵空の上に覆いかぶさっている」状態になるのだが……。

 綿子は思う。「偽物協会」にはちゃんとした本物はひとつもない、いい加減だ。でも毛布みたいにあったかい場所だと。

 彼女はずっと“猫”をなでたかった。「人間にはなでていやされる物が必要」だと思っていたからだ。「偽物協会」は綿子にとって“猫”のような存在なのかもしれない。

 こうして不思議な偽物たちの、ふんにゃりしていてドタバタで、ちょっと考えさせる物語が始まった。

本物になれない、今を生きるすべての「偽物」諸君に捧ぐ

 メルヘンチックなマンガだが、そこにはリアルが描かれている。

 絵空は作中でさらりと「誰も普通に生まれてくることができない」と言った。自分が普通だと思える人は幸せだ。現実では多くの人たちが、毛布にはならないまでも「生きづらい」「人並みにちゃんとやれない」「不安」という気持ちをいつも抱え、周りと比べて普通じゃない、つまり本物じゃないと感じている。

 そんな感情に覚えがある人は、本物に憧れている綿子だ。

 しかし本作は、自分を否定してまで普通にならなくてもいい、と教えてくれる。毛布に変身してしまう個性を買われて、綿子は絵空に雇われた。彼女は偽物という個性を生かすことができたのだ。

 絵空は綿子にこうも言っている「完璧さって難しい。ということは完璧に迷惑な存在で居るのも難しい。自分なんかって思ってないかい? そんなところもある君だから、僕たちは何だか好きなんだよ」。

 このセリフで、心がふっと軽くなったのは綿子だけではないはずだ。私は少し泣けた。

 彼女は「あったかいなあ、自分があっためる側なのになあ。私もこんな風に誰かの苦しいを取り除ける人になりたい…」と思う。綿子は「偽物協会」で、自分はもちろん偽物たちの悩みや困りごとを解決しようとするように。ただ毛布になって困っていただけの彼女はもういないのだ。

 また絵にもふれておきたい。白井氏は「生きるのに疲れている人でも読める絵にできないかな、と思って漫画の線を少なくした」と本書のカバーに書いている。確かに本作はシンプルな絵柄だが、綿子のころころ変わる表情が抜群にいいのだ。少ない線でも、彼女の揺れ動く心情が顔からしっかり読み取れる。第1話のラストページ、絵空から造花を受け取る綿子の何とも言えない表情に、個人的にはぐっときた。

 いろいろ書いたが、もちろん深く考えすぎず気軽に読んでいいマンガだ。それこそ疲れている時に本作にひたって、ふんにゃりとしてほしい。

「偽物協会」に来た綿子は「“猫”をなでる時、人の心は猫になでられているのかもしれない」と思う。本作によって、あなたの心がなでられますように。

文=古林恭

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