「普通においしい」「よろしかったでしょうか」は間違い? 国語辞典編纂者による日本語エッセイ

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更新日:2022/1/12

日本語はこわくない
『日本語はこわくない』(飯間浩明/PHP研究所)

「はぁああ~~~、そうなんですかぁ~~! なるほどですねぇ~~~!」

 こんなあいづちがパーティションの向こうから何度も聞こえてくる。ここは新作ドラマの制作発表会の現場だ。出演者が登壇して演じる役柄や意気込みを語り、その後マスコミ各社からの質疑に答え、最後に出演者が集合しての写真や動画の撮影が行われる。これが終わると個別の取材が始まるのだが、短い時間で次々とこなしていくため、次の人は取材が行われている場所を仕切るパーティションのすぐ側で待機する。なので、前のインタビュー内容が丸聞こえになることがよくあるのだ。

 出演者が質問に答えるたび、インタビュアーは「へぇええ~~~、そうなんですかぁ~~!」と感嘆して、最後に「なるほどですねぇ~~~!」と言って、次の質問へと移っていく。このテンポ感がこの人の取材スタイルなのだろう。そして、おそらくこの人は「なるほど」が目上から目下に対して使う言葉であると思い込んでいるため、そこに「です」をつけ、謙譲語のようにして丁寧さを出しているのだろう。

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 取材のスタイルは人それぞれだ。そこにはいいも悪いもない。しかし私は知っている。国語辞典編纂者の飯間浩明先生が「なるほど」は目下が目上に言ってもいい言葉です、と言っていることを!

 普段耳にしたり、目にしたりする言葉に対してモヤモヤしたり、「この日本語の使い方は間違っているのではないか?」と感じたり、どう言えば(書けば)相手に失礼にならないか、と思い悩む方は多いだろう。また上司や見ず知らずの人から「その用法は違う」と指摘されることを恐れるあまり、正しい日本語を使おう使おう……と思い詰めてしまってはいないだろうか? そんな方に「日本語は難しくないよ、こわくないよ」と教えてくれるのが、飯間先生の新刊『日本語はこわくない』(PHP研究所)だ。

 本書でも「『なるほど』に関する謎のマナー」というタイトルで、「なるほど」は江戸時代から使われており、相手に賛意を示し、納得を表す端的な表現であって、目上に使ってはいけないというのはフェイクマナーであるとしっかり説明されている。しかも飯間先生は世の上司たちに「どうかフェイクマナーに惑わされることなく、部下が真面目に使っている『なるほど』をとがめないであげてください。昔からある一般的なあいづちです。今後も大切に使っていこうではありませんか」とお願いまでされているのだ。

「だから『です』なんてつけなくても大丈夫だよ」と思う、パーティションのこちら側の私なのである。

 ほかにも「ご苦労さま」は目上に対して失礼になる言葉ではなく、「お疲れさま」は意外と新しい言葉であること、そしてどちらを使うのかは自分が属する集団の習慣に従えばOKだけれども、他所での習慣も尊重しましょうといったことや、聞くとモヤモヤする人が多い「普通においしい」「大丈夫です」「よろしかったでしょうか」など、新しい言葉を使うのは全然アリ(全然+否定/肯定はどちらも正解という項目もある)といったことなどがわかりやすく、やさしい読み物として一冊にまとまっている。

 そして本書の最後の章「『正しい日本語』は誰が決めるのか?」では「正しい」を決めるのは自分自身であり、相手に届く表現を目指そうと結ばれている。わからないことがあったり、どちらがいいのか迷ったりしたら本書を開き(できれば辞書も引いて)、自分が納得して使える言葉を探せばいい。日本語のスタイルは、人それぞれなのだ。

……おっと、こんなことを考えていたら取材が終わったようだ。

「失礼します。本日お話を伺う成田と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

文=成田全(ナリタタモツ)

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