「旅の代理人」があなたの代わりに旅をします! 「エキナカ書店大賞」受賞作のシリーズ特別編は北海道が舞台の感動作

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/26

丘の上の賢人 旅屋おかえり
『丘の上の賢人 旅屋おかえり』(原田マハ/集英社文庫)

 どうしても旅に出たいけれども、どうしても出かけられない。そんな人も少なくないだろう。今はコロナ禍という時勢のせいもあるかもしれないが、病気が理由で旅に出かけられないという場合もあれば、人間関係が原因で身動きが取れないという場合も。そんな時には、原田マハ氏による『旅屋おかえり』(集英社文庫)で旅行気分を味わってみてはいかがだろうか。この作品は、安藤サクラ主演のドラマでも話題の1冊で、第12回「エキナカ書店大賞」を受賞した作品。崖っぷちアラサータレント“おかえり”こと丘えりかが始めたのは、依頼人の代わりに旅をする「旅屋」のお仕事。丘えりかの旅には、まるで自分が旅しているようなワクワク感がたっぷり。依頼人の思い、旅先の人たちの温かさに胸がいっぱいになるのだ。

 そんな人気作の特別編『丘の上の賢人 旅屋おかえり』(原田マハ/集英社文庫)がこのたび刊行された。本作は『旅屋おかえり』未収録の幻の北海道編を書籍化したもの。今回は、札幌・小樽を舞台に、丘えりかが旅を通じて人と人との縁を結びなおしていく。さらには、この本には「フーテンのマハ」を自称する原田マハさんの北海道旅エッセイに加え、“おかえり”デビュー前夜を描いた勝田文さん描き下ろしの漫画も収録。旅気分を味わうのにピッタリ。心が優しい気持ちで満たされるなんとも贅沢な1冊なのだ。

「丘の上の賢人」は、秋田での初仕事を終えた「旅の代理人」丘えりかの元に、新たな依頼が届いたことに始まる。それは、ある動画に映っている人物が、かつての恋人であるかどうかを確かめてほしいというもの。どうオシャレをしていいのかわからなかった高校時代。大学生との初めての恋。家族からの強い反対と別れ…。ほろ苦い過去を抱えた依頼人は、東京に出た後、18年以上故郷に帰っておらず、いまもなお帰ることができないというのだ。

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 丘えりかは、この依頼を引き受けるべきか思い悩む。なぜなら、北海道は彼女のふるさとでもあるのだ。彼女の故郷は、北海道・礼文島。札幌や小樽とは距離があるが、母と「花開くまでは故郷に帰らない」と約束していた彼女は、北海道に行くことに強い抵抗感がある。今はまだ帰るわけにはいかない。そう思う彼女だが、依頼人の姿に自分を重ね、結局は依頼を引き受けることに。そして、丘えりかは、旅を通して、数々の奇跡をまきおこしていくことになるのだ。

 人と人とは本当に些細なことですれ違ってしまうものなのだろう。だが、一度はほどけた縁が、丘えりかの旅によって再び結び直されていく。そのさまに涙腺はゆるまされっぱなしだ。旅小説としてももちろん面白いが、自分のふるさとを思わずにはいられない。家族のことを思い、さらには昔の恋まで思い出してしまうのだ。

 あなたのふるさとはどこだろうか。ちゃんとふるさとに帰ることができているだろうか。この本を読むと、なんだか救われたような心地がする。どれほど時が流れても、決して遅いということはない。人は何度だってやり直せる。笑顔と感動がつまった旅物語は、身動きが取れないでいるあなたの背中をそっと押してくれるかもしれない。読めば、旅に出たくなり、故郷にも帰りたくなる、そんな1冊。

文=アサトーミナミ

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