認知症の人が「トイレで食器を洗う」ときに考えていることとは? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がマンガでわかる

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公開日:2022/1/20

認知症の人は何を考えているのか? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がわかる本
『認知症の人は何を考えているのか? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がわかる本』(渡辺哲弘/講談社)

 高齢化が急速に進む日本は、認知症患者の多さが世界でもトップクラスだという。この記事を読んでいる人の中にも、家族や大切な人が認知症になって困っているという人がいるかもしれない。実は「関わり方」を変えることで、認知症の進行はゆるやかにできる可能性があるとご存じだろうか。

『認知症の人は何を考えているのか? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がわかる本』(渡辺哲弘/講談社)は、認知症を悪化させないためにどんな「関わり方」をすればいいのか、具体的なコツをわかりやすく教えてくれる貴重な1冊だ。「認知症とはどんな病気か」という基礎知識も盛り込まれ、親しみやすいマンガで数多くの実例が紹介されていて、初心者にもわかりやすい構成になっている。

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 著者はアメリカや中国での講演実績もある、「きらめき介護塾」代表の渡辺哲弘さん。

 認知症のお年寄りは、
・何日もお風呂に入らない
・うろうろ歩き回る
・ゴミ箱で用を足す

 などといった「不可解な行動」をしてしまうこともあるが、その行動だけを見て「認知症だからしかたがない」とお手上げを決め込むのは、ケアではなく単なる「思考停止」だと渡辺さんは言う。

 著者によると、大切なのは諦めて受忍することではなく、認知症という病気の特性を理解し、そのうえで本人の「気持ち」に目を向けることだそうだ。気持ちに目を向けるだけで、でケアの質や効果が格段に変わっていくという。

 一般に認知症というと「物忘れ」をイメージする人も多いかもしれないが、実は日常でよくある物忘れと、認知症の症状としての物忘れには、大きな違いがある。たとえば「家族との待ち合わせ」を例に考えるなら、時間や場所など「出来事の一部」だけを忘れるのが日常的な物忘れで、これは私たちにも時々あることだ。

 だが、認知症の症状としての物忘れ(=記憶障害)が始まると、お年寄りは「待ち合わせした」という出来事そのものを忘れてしまう。約束をすっぽかされた家族は怒るだろうが、認知症の本人からすると「待ち合わせなんてしてない」という気持ちしか湧いてこないので、お互いに不信感が募るだけになってしまう。

認知症の人は何を考えているのか? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がわかる本 p.50

認知症の人は何を考えているのか? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がわかる本 p.51

 こうした「認知症の脳で起こっていること」の理解が、よりよいケアへとつながっていくのだが、なぜかというと、メカニズムがわかれば、介護をする側が「認知症の人の気持ち」を想像しやすくなるからだ。そうやって相手の立場にたつことが、「認知症の人の不可解な行動」を上手に解決する土台になると、著者は強調している。

 本書には介護の現場で見られる不可解な行動(トイレで食器を洗う、お風呂に入らない、ウロウロ歩きまわる、ゴミ箱で用をたす…etc.)の事例が多数取り上げられているが、ためしに「トイレで食器を洗う」という行動について紹介しよう。

認知症の人は何を考えているのか? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がわかる本 p.86

認知症の人は何を考えているのか? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がわかる本 p.87

「トイレで食器を洗う」行為にはギョッとしてしまうかもしれないが、その行動にも、洗っている「その人」なりの理由が隠されている。本人は「洗う」という行為は覚えているが、認知症のために「洗い物は台所でするもの」というルールそのものを忘れてしまった状態なのだ。だから、たまたま目についた便器を「水が溜まっている=洗い場」と勘違いしただけなのかもしれない。

 そんなふうに、行動の裏に隠されたわけを想像できたなら、「自分で洗おう」としてくれた前向きな気持ちに注目すべきなのだ。渡辺さんによれば、認知症の人も「誰かの役に立ちたい」といった、人としての自然な気持ちは失わずに持っている。その温かい気持ちを介護する側がくみとって、「こっちのほうが洗いやすいですよ」と洗い場などに誘導すれば、穏やかにトイレから離れてもらうことができるのだ。

 当たり前のことだが、認知症の人も「人」であり、感情がある。「認知症=厄介ごとが増える」とだけ考えて、トイレで洗い物をしている認知症の人に「やめて!」と怒声を浴びせるのは、本人の気持ちを踏みにじることになりかねない。目に見えるもの(行動)だけではなく、見えない部分(気持ち)も大事——そんなシンプルなことに、あらためて気づかされる事例だ。

 著者は「認知症の人の心を伝えること」をモットーに、認知症について広く伝えられる人材の育成を目指して講演・研修活動を続けているベテラン介護講師だが、その知見が存分に発揮されていると感じた。当事者でなければわからない大変さはあるだろうが、それでもこうした本が心を軽くしてくれることもあるだろう。ぜひ多くの人に、本書を手にとってもらいたい。この本をきっかけに認知症への理解が深まれば、きっと誰もが暮らしやすい社会につながっていくに違いない。

文=荒井理恵

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