小説のなかの“あの言葉”が残像になって心に焼きつく! 映画『真夜中乙女戦争』と原作が起こす激しい化学反応

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/25

真夜中乙女戦争
(C)2022『真夜中乙女戦争』製作委員会

 もうあの頃には戻りたくない、と思う時間が人生のなかには存在している。具体的に不幸な出来事なんてなかったし、その日常は嫌になるくらいフラットであったにもかかわらず。社会が勝手に価値を見いだしてくれる若さ、自由な時間をたとえ取り戻せるとしても、世界のすべてを退屈に感じ、生きていることに疑問を抱き、なんの光も見いだすことのできなかったあの時間にはもう戻りたくない――そう思っている“大人”はきっと星の数ほどいるだろう。

 4月、『真夜中乙女戦争』(F/KADOKAWA)の主人公、東京でひとり暮らしを始めた大学生の“私”は、そんな時間のなかにいる。友達も恋人もいない。大学の講義は恐ろしく退屈で、やりたいこともなりたいものもない。そんな“私”のなかから湧き出していく言葉は、読む人のなかで、これまで言語化されず、行き場のなかった気持ちのかけらを、“それ、こういうことだよね?”と見せてくれる。“その狂暴な純度に殺されそうになる”と“私”が感じる4月の空の青さのように鮮明に。

真夜中乙女戦争
『真夜中乙女戦争』(F/KADOKAWA)

 作家F氏の初の小説作品『真夜中乙女戦争』は刊行されるや10・20代読者から熱狂的に支持され、作中の言葉はSNSで拡散されていった。Amazon総合カテゴリでもベストセラー1位を獲得、さらにみずから脚本執筆と編集を手掛けた二宮健監督の手で映画化された。主人公の“私”を演じるのは永瀬廉(King & Prince)。スクリーンのなかの彼は退廃的な美しさをまといながらもストイックなまでに無個性で、真っ白な“私”を演じきっている。まるで“私”という人物に、観る人すべてが自身を投影することを企んでいるかのように。

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真夜中乙女戦争
(C)2022『真夜中乙女戦争』製作委員会

「かくれんぼ同好会」で出会った不思議な魅力を放つ“先輩”(池田エライザ)、そして突然“私”の前に姿を現した謎の男“黒服”(柄本佑)の存在によってストーリーは疾走を始め、“私”の日常は一変していく。人の心を一瞬にして掴むカリスマ的な魅力に溢れた“黒服”に導かれ、大学内でささやかな悪戯を仕掛けていく“私”。一方、“先輩”とは距離が近づき、思いがけない煌めきを日々のなかで感じ始める。だが、“先輩”と“黒服”の間には絶対に譲ることのできない、対立する価値観があった――。

真夜中乙女戦争
(C)2022『真夜中乙女戦争』製作委員会

“読むたび、心に響いて線を引く一文、テーマに関わる重要な部分だと思えるところ、そして全体を通してこれは何の話なのかという問い、いろんなことが僕の脳内で変化し続けた”(『真夜中乙女戦争』文庫版あとがきより)と語る、二宮監督が執筆した脚本は、“話そのものをゼロから解体するものも少なくなかった”というように、映画ならではのストーリーが構築されている。“男は、とか、女は、とやたらに主語の大きい構文を口にしては得意げな顔をして見せるのが、この男だった”――その言動で“私”をイラつかせる男・佐藤は、同じ高校から共に同じ大学に進学し、原作では終始現れる人物だが、映画では冒頭で姿を現すにとどめている。社会性とか、普通とか、当たり前とか、そんな定型を振りかざす彼は、“私”のなかの何かに火をつけていくが、映画作品ではそこで起こる心理を、永瀬廉が佐藤を内包するかのように体現している。

真夜中乙女戦争
(C)2022『真夜中乙女戦争』製作委員会

 そんな“私”と“先輩”、“黒服”の3人に焦点を当てた映画版のストーリーは、“黒服”と同志たち“常連”の言動が次第に激しさを増していくなか、“私”と“先輩”を巻き込む壮大な東京破壊計画=真夜中乙女戦争の始動へとつながっていく。ディストピア世界のなかで人々から放たれる言葉は、SNSでも拡散され続けた作中のあの言葉たち。東京タワーが象徴的な存在として映し出される美しい映像のなか、その言葉が残像のように焼きついてくる。

 まるでちょっと似てないところのある美しい双子のような原作と映画作品。双方ともに触れた途端、激しい化学反応が起きてくる。自身のその反応を心ゆくまで味わってほしい。

文=河村道子

映画『真夜中乙女戦争』
1月21日(金)全国ロードショー
原作:F『真夜中乙女戦争』(角川文庫) 脚本・監督・編集:二宮健 出演:永瀬廉、池田エライザ、柄本佑ほか 配給:KADOKAWA
東京で一人暮らしを始めた大学生の“私”(永瀬廉)は、やりたいことも将来の目標も見つからない中で、いつも東京タワーを眺めていた。そんなある日、「かくれんぼ同好会」で出会った不思議な魅力を放つ凛々しく聡明な“先輩”(池田エライザ)と、謎の男“黒服”(柄本佑)の存在によって、“私”の日常は一変。そして“私”は、壮大な“東京破壊計画=真夜中乙女戦争”に巻き込まれていく。

映画『真夜中乙女戦争』公式サイト
https://movies.kadokawa.co.jp/mayonakaotomesenso/

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