「今まで感じた孤独と明日からの恐怖も置き去りにはせず、四人で生きていたい」──SUPER BEAVER・渋谷龍太が綴る、物語以上にドラマティックな自伝的小説!

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/20

都会のラクダ

 2005年の結成から4年でメジャーデビュー、その後2年でインディーズに活動の場を移しながらも、2018年には日本武道館のステージに立ち、2020年にはメジャー再契約を果たしたSUPER BEAVER。『都会のラクダ』(渋谷龍太/ KADOKAWA)は、この物語以上にドラマティックなバンドの結成から現在までを、フロントマンであるボーカル・渋谷龍太が綴る自伝的小説だ。

都会のラクダ
『都会のラクダ』(渋谷龍太/ KADOKAWA)

「さて、合わせてみましょうか」
 上杉がそう言うと三人は中央に向き直った。私もおずおずとそれに倣った。
 せーの、で。一気に音が鳴った。
 正直、私は感動した。これってなんかすごいことしているんじゃないの、って思った。理屈ではない昂奮があったのだ。説明の出来ない期待で心が沸き上がるのを感じた。
 これがバンドで、しかも私はこの真ん中に立つのだ。まじすげエ。
(「第一章 結成」より)

 SUPER BEAVERの結成は、彼らが高校生のとき。音楽は好きだがあくまで聴くものだと考えていた渋谷に、クラスメイトの上杉研太が、その位置を一変させる言葉をかけた。「バンドやるんだけど、ちょっと歌ってみない?」。なんでもない昼休み。「会話のテンポを鑑みるにyesと答えたほうが男前」という理由で渋谷がそれを承諾したことで、SUPER BEAVERの旅路は始まった。

 初めての音合わせ、バンド名決定を経て出演した初ライブは、なんと知らない人の追悼ライブ。華々しさのかけらもない初ステージに、渋谷は意気消沈した。けれど彼は、失敗に終わったかのように思えるライブで味わった、言い知れぬ感覚をも思い出す。──快感というにはおぼつかない、ドキドキやワクワクにも足りない。でもあの感覚を、もう一度味わいたい。

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 あんなに散々だったのに、どうしてだ。
 昨日、よく考えたら初めて同じ方向を向いて演奏した。狭いスタジオの中では向き合って、四人で音を出すために演奏していた。しかし昨日の四人は同じ方を向いて、フロアに向けて演奏したのだ。誰かに届くように、受け取ってもらえるように。
(「第三章 初ライブ」より)

結成当初のSUPER BEAVER

 結成から数ヶ月で挑んだ『TEENS’ MUSIC FESTIVAL』では初めての挫折を味わい、1年後の同大会では、初めての成功を手に入れた。すぐにインディーズで全国流通盤を出す話が進み、初めてのツアーに出かけた。気がつけば、あっというまにメジャーデビューだ。メンバー四人で始めたことが、ひとつのかたちになってうれしかった。しかし、多忙な日々の中、大人たちの思惑に翻弄された彼らは、現実味を失くし、音楽をやる楽しさを失くし、みるみるうちに削られていった。そして彼らは考えた、「もう一度好きだったあの音楽がやりたい」。

 四人は思った。
 今に見てろよ、の捨て台詞を残して、尻尾を巻いておめおめと逃げるのだ。逃げおおせて、ちゃんと悔しがるのだ。このままじゃ愛せない後悔をしっかり抱えるのだ。
 逃げるのは格好良くないことだと知ってるから、格好良くなかったで終わらせないように、逃げた過去を抱きしめられる未来にするため、今からまた四人であの音楽を始めるべきだ。それがどれだけ時間が掛かるとしても、だ。
(「第六章 メジャー期」より)

メジャーから離れ、自主レーベル設立前の四人

 こうして彼らは、「メジャー落ち」と呼ばれながら、生活のためにアルバイトをし、自主盤を作り、「四人でやる音楽」を追求していくことになるのだが……。

「メジャーデビューしたバンド」というと、才能に恵まれ、大きなステージでまばゆいライトを浴びている、“自分たちとは違う世界の人”といったイメージが強い。この自伝的小説の主人公、SUPER BEAVERのボーカル・渋谷龍太もまぎれもなくそのうちのひとりではあるが、彼らの軌跡を振り返ると、そのイメージがまた違った角度から見えてくる。

 音楽とはなにか、楽しさとはなにか、バンドとはなにか、ライブとはなにか。実力で切符をつかみ、てっぺんへと向かう特急列車に乗り込みながらも、渋谷は、彼らは、考えることをやめなかった。そして、今いるステージが自分たちの目指すところではなかったと気づいたとき、誰もが目指すその場所から、潔く下りてしまった。そうやってもう一度、ゆっくりと景色をたしかめながら、各駅停車でたどり着いたところが、「メジャー再契約」という以前と同じステージだったのだ。不器用ながらも、ひとつの作品、ひとつの感情をないがしろにしない彼らだからこそ、渋谷の「あなたたちに歌ってるんじゃない、あなたに歌ってるんだ」という言葉が、わたしたちひとりひとりの胸に届いて響く。彼らの音は、大人のふりで「しかたがない」と折れてしまいそうな状況でも、自分の心に誠実であることの価値に気づかせてくれる。

 渋谷は言う、「今まで感じた孤独と明日からの恐怖も置き去りにはせず、四人で生きていたい」。孤独を恥じることはない。恐怖を克服できなくてもかまわない。なにかと「ひとりで」を求められがちな世の中で、彼らがバンドを、ライブを、メジャーでの活動を続けていく意味とはなにか。それは、こうして彼らのメッセージを受け取るわたしたちに、彼ら四人と“わたし”が今、たしかに在るということと、そういった人のつながりから生まれる希望があることを、広く伝えようとしているからではないか。一冊を読み終えるころには、そんなふうにも思えてくるのである。

文=三田ゆき

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