松潤主演『99.9―刑事専門弁護士―』でも描かれる、“0.1%”の無罪を勝ち取る弁護士の半世紀にわたる戦いの記録

文芸・カルチャー

更新日:2022/1/24

生涯弁護人
『生涯弁護人』(弘中惇一郎/講談社)

 刑事専門弁護士・深山大翔(松本潤)が主役のドラマ『99.9-刑事専門弁護士-』。このほど映画版も公開されたが、この「99.9」とは「日本の刑事事件における裁判有罪率」を表している。つまり日本で逮捕・起訴された被疑者が無罪になる確率は、たったの0.1%しかないのだ。深山弁護士は無罪を信じ、「事実が知りたい」と無罪を勝ち取るため奔走する。

 さらに世間の注目度が高い事件は、報道やネット上の言説が過熱する。裁判が始まる前だとしても、一度「クロ」だと思われたら、あることないことひっくるめて晒し者にされ、吊し上げられ、徹底的に叩かれる……そんな、世間から“悪人”と決めつけられた人たちの言葉に耳を傾け、ひたむきに事実を調べ上げ、無罪を勝ち取っていく弁護士がいる。それが『生涯弁護人』(講談社)の著者、弘中惇一郎先生だ。

 本書は弘中先生が担当した事件の詳細が記されているが、もちろん弁護士は依頼された案件を断ることができる。ではなぜ、弘中先生は世間から“悪人”と決めつけられた人からの依頼を受任するのか? その理由は『事件ファイル1』第四章「『悪人』を弁護する」に詳しい。1981年にロサンゼルスで起きた銃撃事件によって妻が亡くなったのは実は保険金目的の殺人だったのではないか、と1984年になって「週刊文春」が報じた集中連載「疑惑の銃弾」によって「ロス疑惑」として報道が過熱、犯人に疑われた夫(というよりも、ほぼ犯人と断定したような状態だった)の三浦和義氏に日本中が注目した事件だ。

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 そんな三浦氏に興味を持ったという弘中先生は、弁護士は一種の喧嘩売買業であり、激しい喧嘩ほどモチベーションが上がる、と本書に記している。依頼人が信用に足るかについて、弘中先生は「本当のことを言ってくれるかどうか」と「弁護士の意見に耳を傾けてくれるかどうか」の2つを重視しているという。その点、三浦氏はいずれの条件も満たしていたので受任を決めたが、引き受けたことを家族にどう説明しようかと悩み(実際は何も言われなかったそうだ)、「あんな奴の弁護をするならもう頼まん」といくつかの案件がキャンセルになるほどの完全な逆風状態だったという。実際に依頼人に会って話を聞き、関係者にヒアリングを重ね、資料を読み込み、事件現場へ赴いて自分の目で確かめ、検察の作り出したストーリーを崩し、真実を明らかにして無罪を勝ち取っていく過程は、ぜひ本書をお読みいただきたい。

 本書では「障害者郵便制度悪用事件」や「陸山会事件」なども取り上げられているが、検察が作ったストーリーをもとに取り調べが進み、身に覚えのない人が追い詰められていくところは「もしこれが自分だったら……」とページをめくる手が止まるほど恐ろしかった。そこには様々な人の思惑があり、政治的な駆け引きや時代背景も関係してくるのも本書を読んでよくわかった。『事件ファイル1』には他に「やまりん事件」「マクリーン事件」「クロマイ・クロロキン薬害事件」など世間の耳目を集めた事件についても触れられている。さらに弘中先生が弁護士を目指したきっかけや、夫人との馴れ初めなどプライベートなことも開陳されている(ビールの「ハイネケン」を「ハリケーン」と聞き間違える微笑ましい失敗も!)。

 そして同時に刊行された『事件ファイル2』では「薬害エイズ事件」「ミッチー・サッチー騒動」「カルロス・ゴーン事件」などが取り上げられているのだが、弘中先生は今もゴーン氏は無罪だと信じているという。また『事件ファイル2』には名誉毀損やプライバシーの侵害と報道の自由について、そして冤罪はどう生み出されるのかについても詳しく書かれているので、2冊併せて読むことを強くお勧めしたい。

 複雑に入り組んだ社会と日々押し寄せてくる情報の洪水の中では、つい声の大きな人が発した簡潔な言葉を探しがちだが、先入観を持たず、自分の目で、耳で確かめ、正しい情報と捏造された出来事を取捨選択し、徹底的に自分の頭で考えることの大切さを改めて教えられた。

文=成田全(ナリタタモツ)

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