脳とAIがつながる未来、人間はどうなるの?「美味しいものはバーチャルで食べて肥満知らず」「仕事は仮想空間のアバターで」

スポーツ・科学

更新日:2022/1/23

脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか
『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』(紺野大地,池谷裕二/講談社)

 1999年に公開された、人間が機械に支配される衝撃的な世界を描いて大ヒットを記録した映画『マトリックス』。2003年には続編『マトリックス リローデッド』と完結編『マトリックス レボリューションズ』が相次いで封切られた。それから18年経った2021年、まさかのシリーズ4作目『マトリックス レザレクションズ』が制作され、旧シリーズが公開された時代よりメタバースや仮想空間、アバターなどがさらに身近になった現代とリンクする内容に考えさせられた方も多いことだろう。

 1作目の『マトリックス』には、初めて“マトリックス=仮想空間”であることをわかった上で入ったネオ(キアヌ・リーブス)が、ソファを触りながら「これも……現実じゃない?」と尋ねるシーンがある。その言葉にモーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)は「何が現実だ? 現実をどう定義する? もし君の言っているのが、感じるとか、臭いがするとか、味がするとか、見えるとかなら、現実は脳が解釈するただの電気信号だ」と、コンピュータが生み出す“夢の世界=マトリックス”を冷静に説明する。

 今あなたが香り高いコーヒーと一緒に甘いドーナツを食べながらこの文章を目で追い、タッチスクリーンやマウスでスクロールしながら書かれた文字の意味を理解しているとしたら、その感触や思考は脳内の電気信号によるものだ。ということは、脳への電気信号さえあれば「現実の体験」は不要になるのだろうか?

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 昨今、AIやスーパーコンピュータなどさまざまな機器の発達により、凄まじい勢いで脳科学が発達している。そして映画の世界のように、脳と人工知能(AI)をつなぐ研究も実際に進んでいる。その最新情報を紹介してくれるのが、脳を研究する紺野大地先生と池谷裕二先生による『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』(講談社)だ。高度な専門知識がなくても読み進められ、脳とAI融合への理解がどんどん深まっていく1冊である。

 イントロダクションでは現在の研究が進み、脳とAIが融合されたらこの先どんな世界になるかのシミュレーションがまとめられている。睡眠は完璧にコントロールされ、栄養は朝にカプセルひとつでOK、美味しいものはバーチャルで食べて肥満知らず、仕事は仮想空間のアバターで即集中モードに入って午前中に終了、AIとの共同作業で各種スキルはプロと同じレベルまでアップロードが可能で、健康や情報は脳内をスキャンしてチェック……しかし「そんなことができたら面白い!」と思う人がいる反面、「それってちょっと怖くない?」と眉をひそめる人もいるだろう。

 しかし賛成の方も反対の方も、とにかくそのまま本書を読み進めてもらいたい。第1章では脳とAI融合の「過去」としてこれまでどのような研究があったのか、続く第2章では「現在」行われている最先端の研究が紹介され、最後の第3章では「未来」に起こるであろう変化、脳とAIが融合することでこれまで肉体という軛(くびき)に縛られていた人類の限界を打ち破り、より便利で快適な創造性に満ちた毎日を生み出すことになる可能性について語られている。併せてモラルの問題や危険性などもしっかり指摘されているので、怖さを感じた方も安心して読了までたどり着いてほしい。

 人間はまったく経験がないものや未知のことに強い拒否反応を示すものだ(生存本能のためのリスクヘッジとすれば正しい反応である)。しかし現代の暮らしは昔の人々から見たら、とんでもないことのオンパレードだ。皆が熱心に四角い薄い板の表面を撫で回し、表面にじっと見入る姿は、物理的なボタンを押して操作していた20年前の人から見たらかなり奇異に感じるだろう。

 本書を読んで「脳に電極を刺す」といった古典SF小説のような大仰なイメージを払拭し、脳科学の現状、そしてわからないことが多い脳について知って、ぜひとも新たな未来への一歩を踏み出していただきたい。

文=成田全(ナリタタモツ)

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