義弟が部屋でブラジャーを着けていた!? マイノリティの苦悩や葛藤をユーモアも交えて描き切る!柚木麻子さんも激賞の『ブラザーズ・ブラジャー』

文芸・カルチャー

更新日:2022/1/26

ブラザーズ・ブラジャー
『ブラザーズ・ブラジャー』(佐原ひかり/河出書房新社)

 もし父親が再婚し、義弟となった男子中学生がブラジャーを着けていたら、あなたならどうする? この「もし」を体験するのが、佐原ひかり『ブラザーズ・ブラジャー』(河出書房新社)の主人公=女子高校生のちぐさだ。ちぐさは義弟の晴彦が部屋でブラジャーを装着する場面に出くわし、唖然とする。だが、彼女は平静を装い、学校で教わった性教育の知識を総動員して対応しようとする。今は多様性を認めることが肝要な世の中であり、LGBTQへの理解が必要とされる。とにかく否定だけはダメだ。そういうことを授業で習ったのだろうが、実際にブラジャー姿の晴彦を前にすると、ひるむしかないのであった。

 晴彦の性自認は女性というわけではない。純粋に、ファッションとしてブラジャーが好きだというのだ。晴彦曰く、刺繍やレースをあしらったブラジャーのデザインやフォルムは素晴らしいものだと。要するにブラジャーの着用は晴彦の大事な趣味であり、おしゃれの一環なのだ。そう知ってちぐさはますます混乱してしまう。それはちぐさの理解の及ばない領域のことだったからだ。

 だが、ふたりは相手の心理を恐る恐るさぐりながら、なんとか互いの距離を縮めていこうとする。例えば、ちぐさは晴彦にブラジャーを買うのに付き合ってもらう。ちぐさはこれまで、量販店のワゴンに売っているような、スポブラに棉パンを着けていた。だが、彼氏である智との身体的な接触が増えていることから、性交に及ぶことも念頭に置いて選びたいと思ったのだ。ちぐさがブラジャーを選ぶにあたって、晴彦はさりげなく具体的なアドバイスを投げかける。

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 本書にはもうひとつ、マイノリティに関する設定が含まれている。それは、ちぐさの彼氏である智の言動だ。智は静かで目立たない生徒について、「陰キャラ」と何の迷いも屈託もなく呼ぶ。智にとっては他意のない言葉だったのだろうが、ちぐさは智が弱者をあしざまに言うことに不快感を覚える。口には出せなかったが、そんな言葉を使ってほしくなかった、とちぐさは思ったのだ。

 かっこよくて、友達も多く、恋人もいて、成績もよく、スポーツも得意で、生徒会の副会長も務める。そんな智はどこからどう見てもハイスペックなリア充である。だが、そうした事実に無自覚に「陰キャラ」という言葉を軽々しく使う智に、ちぐさは違和感を覚えざるを得ない。智はスクールカーストの最上位にいることに鈍感であるようにちぐさの目に映る。

 コミュニケーションを巡る混乱は、智はもちろん、ちぐさとその家族にも当てはまる。離婚を経てちぐさの母親になった瞳子との関係はまだ若干ぎくしゃくしているし、母と父のノリの違いもまだ掴み切れていない。つまり、異質な他者とどう付き合っていくかという難題に突き当たり、懊悩する。ここが本書の最大の読みどころではないだろうか。

 本書は氷室冴子青春文学賞で大賞を獲得した表題作『ブラザーズ・ブラジャー』の他に、「ブラザーズ・ブルー」という後日譚的な中篇も収録されている。こちらは晴彦とちぐさが、離婚した晴彦の父親に会いに行くという話。表題作よりも家族関係のややこしさを炙り出すような内容だが、やはり晴彦が父の前でブラジャー問題をカミングアウトする場面がある。

 ビターでスウィートで時々センチメンタル、それでいて直視できないほど蒼く眩しく切ない。思春期ならではの刹那的な蒼さが胸を打つ、最高の青春小説である。

文=土佐有明

「氷室冴子青春文学賞」とは?
数々の名作を発表、圧倒的な人気を博した作家・氷室冴子を顕彰し、優れた才能の発見を目的として、北海道・岩見沢市有志が設立。第2回の選考委員は、朝倉かすみ、久美沙織、柚木麻子の三氏。第1回大賞受賞作は櫻井とりお『虹いろ図書館のへびおとこ』(河出書房新社)。

「相手にラベルをつけて思考停止に陥ることと、作者は全力で戦っている。傷つけない、というズルさに、これほど自覚的な物語を私は他に知らない」――柚木麻子さん激賞!

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