毎週金曜日、相談者がぞくぞくと集まる喫茶室「白鳳堂」。レトロな世界観も楽しめる! ひとりの少年とお客さんの物語

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更新日:2022/1/26

曙橋三叉路白鳳喫茶室にて
『曙橋三叉路白鳳喫茶室にて』(高尾滋/白泉社)

 心に悩みや陰りを抱えている時、そっとしておいてほしいこともあれば、誰かに話を聞いてほしいこともある。専門的な知識や的確なアドバイスはなくても、ひとりで抱えていたものを吐き出すことで、自ずと見えてくるものもある。そうした中で少し背中を押してもらえたら、案外スッと前に進めてしまうものだ。『曙橋三叉路白鳳喫茶室にて』(高尾滋/白泉社)は、そんな「話を聞く」ことで悩みを抱える人たちを救ってしまう、ひとりの少年とお客さんたちの物語。

 本作の舞台となっているのは、昭和初期の東京市。そこにある喫茶室「白鳳堂」の窓際の席には、毎週金曜日決まってある男子学生が訪れる。彼の名は金蓉(きんよう)。白鳳堂では、毎週金曜日になると金蓉に話を聞いてもらいたい人々が次々と集まってくる。金蓉は「大きい声が嫌いです」と幼い少女の陰に隠れてしまうほど大人しく物静かな青年で、実は見知らぬ誰かの話を聞くために白鳳堂にいるわけではない。彼はただ、ある大切な人を待ち続けているのだ。しかし毎週訪れるにもかかわらず、待ち人が来たことは一度もない。そんなミステリアスで儚げな彼を気にして誰かが声をかけたことから、次第に人気者になっていったのだ。

 そしていつしか「不思議とお困り事を上手に解決するんだよ金蓉さんは」と言われる存在となっていた。実際、彼に話を聞いてもらった人たちは、皆いい方向へと向かっていく。例えば、「咲」という名前を理由に縁談を断られた女性。恋人の母親に「縁を“裂く”」と言われてしまった彼女は、幼いころに両親を亡くしており、親から貰ったものといえばこの名前だけ。どうしてもと言うのなら名前を捨てろと言われた彼女は、添い遂げると決めた人と名前のどちらを取るか、決めあぐねていたのだ。

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 その話を聞かされた金蓉は、彼女の恋人の家である老舗小間物問屋「増田屋」を訪れる。そして従姉の誕生日プレゼントを見繕ってほしいと話して刺繍の話に持ち込むと、「咲」という名前を出して相手の反応を窺った。するとそこで、咲が聞くことのできなかった秘密が明かされたのだった。そうして真の理由を突き止め、再び咲と話をしたことで、咲と増田屋の息子は無事結婚の許しを得ることができた。

 このほかにも、日本舞踊を習っている「料亭のお嬢さん」と交際している男子学生、芸者さんの紹介で訪れたとある男性客など、訪れた人たちの心に秘めた悩み、後悔、後ろ暗さを明確化し、溶かしていく。そして金蓉のそうした妙な鋭さ、奥深さは、彼自身の生い立ちによるものも大きい。気弱でほわほわとしている温室育ちのお坊ちゃんに見える彼だが、後半で明かされる彼の秘密、そして待ち人との関係が見えた時、きっと彼の見方が変わるだろう。

 また、金蓉の人柄や問題解決ストーリーのほか、昭和初期を意識している言葉選びの繊細さも本書の魅力。カフェではなく「カフェー」、サービスではなく「サァビス」と、言葉の一つひとつが今とは違うレトロな世界観をより深みのあるものにしてくれる。誰かに話を聞いてほしい時、ひとりで悩み疲れてしまった時、きっとこの『曙橋三叉路白鳳喫茶室にて』が心を癒し、そっと寄り添ってくれるはず。

文=月乃雫

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