【本屋大賞2022ノミネート】 西加奈子が全力で書き尽くした、思春期から33歳になるまでの2人の男の友情と成長、奇跡を描く一作

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/27

本屋大賞2022ノミネート! 直木賞受賞作『サラバ』から7年、若者の貧困、虐待、過重労働をテーマに、西加奈子氏が悩み苦しみ抜き、全力で書き尽くした渾身の一作。
《以下の記事は(2021年11月19日)の再配信記事です。掲載している情報は2021年11月時点のものとなります》

夜が明ける
『夜が明ける』(西加奈子/新潮社)

 この世知辛い世の中で、もっとも言葉にするのが難しいのは、「たすけて」という四文字だと思う。どんなに辛く苦しいことがあっても、「他の人はもっと頑張っている」「自分の努力が足りないだけ」…。そう思い込んで、「大丈夫」だと自分をごまかしながら生きている人はきっと少なくない。

 だが、本当はもっと周囲に頼っていいのだ。周囲と比べる必要なんてない。苦しかったらすぐに助けを求めるべきなのだ。そんなことを教えてくれるのが、西加奈子の最新作『夜が明ける』(西加奈子/新潮社)。直木賞受賞作『サラバ』から7年、本屋大賞第7位『i』から5年。若者の貧困、虐待、過重労働をテーマに、西加奈子が悩み苦しみ抜き、全力で書き尽くした渾身の一作だ。

 主人公は「俺」。名前は明かされないまま、物語は進んでいく。彼がアキという同級生と出会ったのは、15歳、高校生の時だった。アキは、身長191cm。フィンランドのマイナー映画に出ている俳優アキ・マキライネンにそっくりな男だった。「お前はアキ・マキライネンだよ!」。「俺」がそう話しかけたことをきっかけに2人の友情は始まっていく。普通の生活を送る「俺」と、貧しい生活を送る吃音持ちのアキ。共有できることなんて何一つないのに、彼らは互いにかけがえのない存在になっていった。そんなある時、「俺」は、父親を突然亡くし、その借金を背負うことに。大学進学を奨学金に頼らざるを得なくなった「俺」は、大学を卒業後、テレビ制作会社に就職。一方、アキ・マキライネンに憧れたアキは劇団に所属することになる。だが、焦がれて飛び込んだ世界は理不尽そのもの。日々奮闘する中で、彼らは、少しずつ心も体も壊していくのだった。

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 思春期から33歳になるまでの2人の男の友情と成長、そして、奇跡を描いたこの物語には、夜の闇のような重苦しい空気が立ち込めている。西さんは「書きながら、辛かった」と振り返るが、読み手としても読めば読むほど、この物語は胸を苦しくさせていく一方だ。一生懸命生きているだけなのに、どうして彼らの人生はこんなに思うようにいかないのだろう。経済的な困窮に、次第に蝕まれていく心。次から次へと2人を待ち受ける理不尽な出来事が突き刺さってくるかのようだ。

 だが、明けない夜はない。救いは必ずあるのだ。辛く困難な日々を見てきたからこそ、それは、心にじんわりと染み渡る。そして、本を読み終え、カバーを外した時、そこに描かれた装画に思わず息を呑んだ。そうだ、つらい時は、世間体も外聞もプライドも捨てて、助けを求めるべきなのだ。それに気づき、再生していく「俺」の姿に、つい目頭が熱くなってしまった。

 壮絶な経験があろうとなかろうと、きっと誰もが「俺」の姿に自分を重ねることだろう。クライマックスまで名前が明かされない「俺」は、きっと、あなたでもあり、私でもあるのだ。そして、身近なあの人は、実は「アキ」のような貧困に喘ぎ、苦しんでいるのかもしれない。2人と似たような苦しみを抱えながら生きている人はこの世界にたくさんいるに違いないのだ。

 この物語は、明けない夜を過ごすあなたにこそ読んでほしい。救済と再生の物語に、きっとあなたの心も共鳴するだろう。

文=アサトーミナミ

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