科捜研vs.民間鑑定センター!連続殺人事件の真相をめぐり、鑑定人が火花を散らす一気読みサスペンス!

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/29

鑑定人 氏家京太郎
『鑑定人 氏家京太郎』(中山七里/双葉社)

 科捜研(科学捜査研究所)と言えば、事件・事故現場に残されたモノを科学的に鑑定する公的研究機関。ドラマなどを通して、その仕事ぶりを知る人も多いだろう。こうした科学鑑定が、民間でも行われているのをご存じだろうか。遺言書の筆跡、DNAによる親子判定、火災現場の検証など、多岐にわたる鑑定が民間センターで行われている。

 中山七里さんの新作『鑑定人 氏家京太郎』(双葉社)も、そんな民間鑑定士が主役のサスペンスだ。主人公の氏家は、科捜研を退官し、鑑定センターを立ち上げた所長。最先端の設備をそろえ、科捜研時代の部下たちとともに業績を伸ばしている。ある時、そんな氏家のもとに旧知の弁護士・吉田から依頼が舞い込んできた。それは連続通り魔殺人事件に関する鑑定だった。

 昨年、東京近郊の河川敷で3人の女性が相次いで殺された。被害者に共通するのは、殺害後に腹を切り裂かれ、子宮が摘出されていたこと。現場に残された体液のDNAから、那智貴彦という容疑者が逮捕され、事件は解決したかのように見えた。だが、那智は「3人のうち2人は殺したが、残る1人は殺していない」と事件を一部否認。那智の主張は本当なのか。真実を探るため、彼の弁護人である吉田は氏家にDNA鑑定を依頼してきたのだ。

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 だが、再鑑定を行おうにも、科捜研は現場で採取した試料をすべて使い尽くしたという。そのうえ、検察側に提出された鑑定報告書も結果を記した紙1枚のみ。氏家は、なんとか試料を集めて再鑑定に臨むが、その結果、3人目の遺体に付着していたのは別人の体液だと判明する。さらに、氏家鑑定センターに予期せぬ事態が降りかかり、鑑定はより困難になっていく。

 3人目を殺害したのは那智なのか、それとも第三者か。氏家と科捜研で鑑定結果が食い違うのはなぜなのか。誰もが「科捜研が間違えるわけがない」と思いこむ中、氏家は「無謬性」という言葉を用いて警鐘を鳴らす。人は必ず間違う。その真理を忘れた者は、取り返しのつかない過ちを犯す。こうした思いを胸に、氏家はひとつずつ事実を積み重ねていく。ひたすらに真実だけを追い求めた結果、思いがけない結末へと向かっていく過程は、地道でありながらも実にスリリングだ。ラストには、「どんでん返しの帝王」中山さんならではの意外な展開が待ち受けている。

 さらに、科捜研側の鑑定人・黒木と氏家が火花をバチバチ散らし合うさまも読みどころだ。実は彼ら、氏家が独立する前からのライバルでもある。氏家が空気を読まない科学捜査オタクだとすれば、黒木は己を殺して和を重んじるタイプ。氏家が科捜研を辞めた理由にも黒木が関わっており、因縁深い間柄だ。そのうえ、弁護士・吉田と検事の間にも禍根があり、二重構造の対立が描かれているのも面白い。異なる信条がぶつかり合うことで、熱いドラマが生まれている。

 中山七里さんと言えば、ピアニスト・岬洋介シリーズ、弁護士・御子柴礼司シリーズなど、個性の強い主人公が活躍するシリーズものが人気。氏家も彼らに引けを取らないほどキャラクターが立っているうえ、鑑定センターにも個性豊かな鑑定士たちがそろっている。きっと、彼らもまだまだ暴れ足りないはず。早くもシリーズ化への期待が高まる一作だ。

文=野本由起

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