不祥事が続く警察は、それでも真実を追い求められるのか? すべてが覆る衝撃の結末に最後のページまで油断できない一作

文芸・カルチャー

公開日:2022/2/2

断罪のネバーモア
『断罪のネバーモア』(市川憂人/KADOKAWA)

 警察は、どこまで真実を追い求められるのか――。『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社)などで知られているミステリー作家・市川憂人さんの最新作『断罪のネバーモア』(KADOKAWA)は、ありえたかもしれない“if設定”の日本を舞台にした本格ミステリーだ。切れ味の鋭いロジックで読者の予想を裏切ると同時に、それがリアルな社会課題とリンクし二重の衝撃をもたらす。表紙イラストは、ミステリーファンにはおなじみの、『十角館の殺人』(講談社)コミカライズ版などを手掛ける清原紘さん。

 作中の年代は2022年、私たちと同じく新型コロナウイルスに見舞われた日本が舞台だ。ホテル業界の苦境なども語られていくが、今の日本とは違う点もある。2009年に起きた「シムルグ事件」をきっかけに、警察の不祥事が明らかになり、“ある大改革”が行われたという設定。それに伴い、警察のあり方や捜査のルールも変わっている。たとえば、主人公の刑事たちが現場検証をする際は、試験導入中のスマートグラスで撮影を行う……など。ネタバレになってしまうので多くは語れないが、詳細に作りこまれた改革後の警察組織の設定が、ミステリー的にも重要な要素となっている。

 主人公は、そんな改革後の茨城県つくば警察署で働く藪内唯歩(やぶうち ゆいほ)。ブラックIT企業から転職した新米刑事で、前職でのトラウマからパソコンのキーボードを叩くことができず、報告書はスマホで作成しているほどだ。警部補の仲城流次(なかじょう りゅうじ)とともに殺人事件を捜査していくが、どうやらつくば警察署には唯歩に隠された“ある事情”があるようで……。本作は、事件の解決を通じて、前職で自信を失ってしまった唯歩が自分を見つめ直す、お仕事小説としてのおもしろさも備えている。

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 一方、メインとなるミステリー小説としての魅力は、現場に残されたわずかな違和感から驚きの真相を導き出すロジックの妙だろう。たとえば、第1話「宴の後」では、女性向けアニメや漫画が好きな「腐女子」が事件の被害者なのだが、彼女の部屋の“ある特徴”が事件解決のポイントになる。ほんの些細なことなのに、ほかの条件と照らし合わせてみると、思わぬ真実が見えてくるのだ。筆者の部屋にも本やグッズがあふれているため、「あるある」なネタがミステリーに昇華されていた点もおもしろかった。

 警察組織の“ある大改革”と、唯歩に隠された“ある事情”、そして序盤から何度か挿入される2015年に起きた連続殺人事件。第4話ではちりばめられていた謎が交錯し、すべてが覆る衝撃の結末が待ち受けている。読者が見ていた世界はいともたやすく崩れ落ち、いったい何が真実なのか、最後のページを読み終えるまで油断できない。そしてその衝撃は、警察組織が抱える根源的な問題とつながっている。知識として知るだけでなく、実感を持って味わえるのは、この小説を読んだ読者だけだ。

文=中川凌 (@ryo_nakagawa_7

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