奇跡のような実話に苦しみの乗り越え方を学ぶ――差別・偏見を乗り越えバンクーバー郊外で25年間愛され続けた「NAOMI’S CAFE」

暮らし

公開日:2022/2/1

ナオミのカフェ NAOMI’S CAFE in Vancouver
『ナオミのカフェ NAOMI’S CAFE in Vancouver』(清水なおみ/主婦の友社)

 どうして人生は、こんなにも上手くいかないことばかりなのか…。生きていると、そう感じ、朝を迎えるのが怖くなる日がある。

 そんな時、ぜひ手に取ってほしいのが、『ナオミのカフェ NAOMI’S CAFE in Vancouver』(清水なおみ/主婦の友社)。本書に記されているのは、カナダ・バンクーバー郊外で25年にわたり、多くの人々から愛された人気店「NAOMI’S CAFE」の誕生秘話と、オーナー・なおみさんの半生。

 第二次世界大戦後、異国の地で差別を乗り越え、未来を切り開いたなおみさん。彼女の「これまで」から、私たちは笑えない日の乗り越え方を学ぶ。

advertisement

人種の垣根を取っ払い、多くの人の居場所となった「NAOMI’S CAFE」

 大阪で生まれたなおみさんは1958年、カナダ日系2世の夫と結婚し、バンクーバーへ。当時は気軽に海外へ行けるような時代ではなかったため、日本の家族とは二度と会えないことを覚悟し、海を渡った。

 カナダでの暮らしは、想像以上に過酷だった。なぜなら、日本は第二次世界大戦でカナダの敵国だったからだ。財産をすべて没収され、強制収容所に入れられた経験から、なおみさんが移民した頃のバンクーバーでは、日系人はまだひっそりと暮らしており、なおみさんも人種差別を受けることがあったという。

 それでもめげず、英語が話せない中、ボウル1杯85セントのエビの殻剥きやレストランでの皿洗いなどをし、生計を立てていたが、「キャリアを持ちたい」「人に胸を張れる職業に就きたい」と考えるようになる。その時、頭に浮かんだのが、人のために料理を作ることだった。

大好きな料理で誰かを笑顔にできるかもしれない! 自分のお店を持って、たくさんの人においしい料理を食べて幸せな笑顔になってもらいたい!

 なおみさんはどれだけ断られても諦めず、開店資金を貸してくれる銀行を探し続けた。すると、何度も通い詰めていた大手の銀行が人柄を信用してくれ、5000ドルを融資してくれることに。これにより、バンクーバー郊外にカフェをオープンさせることができたのだ。

ナオミのカフェ NAOMI’S CAFE in Vancouver
ナオミさんと夫のジョージさん。ジョージさんが陰で支えてくれたからこそ、ナオミさんは信念を曲げずに25年間、店をやり続けることができた

 ところが、ほっとしたのもつかの間。隣接していた新聞社が移転したことにより、カフェは閑古鳥が鳴く状態に…。けれど、ピンチをチャンスにするのが、彼女の凄さ。当時では珍しかった「店で出す食べ物を全て手作りする」という経営方針に切り替え、カフェを人気店へと成長させていった。

 なおみさんが作り上げた「NAOMI’S CAFE」は、ただ有名なだけでなく、お客さんたちにとって唯一無二の居場所となっていたようだ。本書には、どれだけお店が愛されていたのかが分かる微笑ましいエピソードが多数掲載されている。

 中でも目を引くのが、「NAOMI’S CAFE」という店名がつけられた時の話。実は当初、カフェは前にあったお店の店名をそのまま引き継いでいたそう。しかし、店名の変更が客の間で話題に上るようになったある日、いつものようになおみさんがお店にやってくると、カフェの正面の壁に大きな文字で「NAOMI’S CAFE」と書かれた看板が。常連客からの心のこもった贈り物に、なおみさんの胸が熱くなった。

ナオミのカフェ NAOMI’S CAFE in Vancouver
「NAOMI’S CAFE」の営業最終日、ナオミさんに内緒で常連客が記念撮影をしてくれていた思い出の1枚

 こうして新たなスタートを切った「NAOMI’S CAFE」には、いつも多くの笑顔と心温まる交流が。お店がそんな場所になったのは、「オーナーと客」ではなく、「人と人」として相手と繋がり、儲けよりも人の笑顔を生み出すことを優先し続けたなおみさんのポリシーがあったからだ。

もっともうけようと思えば、違うやり方があったのかもしれません。でも、お金よりも何よりも、こんなわたしの生き方をわかってくれるたくさんのすてきなお客さまたちのほうが、わたしにとってはずっと大切でした。

 残念ながら「NAOMI’S CAFE」は、老朽化により惜しまれつつ1996年に閉店したが、その後もなおみさんはクッキングクラスのインストラクターをつとめたり、料理家として活躍したりと「食」を通して、誰かの人生と関わり、笑顔を生み出し続けているのだ。

 そんな彼女は現在、苦しみを抱えている人にこんな言葉を贈る。

つらいときには、じっとしゃがんでいればいい。
それが次に飛び上がるときのバネになるから。

ナオミのカフェ NAOMI’S CAFE in Vancouver
90歳になったいまも教会のバザーやケータリングなどで、膨大な量の料理をひとりで作り続けている

 順風満帆な人生なんてないと知っていても、私たちは自分の生き方に絶望したり、誰かの「今」に嫉妬したりし、苦しくなってしまうことがある。だが、「苦労は宝物」と語り、お金という形の財産ではなく、心の財産を重視してドン底をくぐり抜けてきたなおみさんの生き方を知ると、違った視点から「自分の今」を見られるようになるはずだ。

 本書には個性豊かな常連客との微笑ましいやりとりも盛り込まれているので、そちらも楽しみながら、絶望との向き合い方を考えてみてほしい。

文=古川諭香

あわせて読みたい