製薬ベンチャー・モデルナはなぜ“異例のスピード”でコロナワクチン実用化を実現できたのか。開発のスピードを飛躍的に高めた取り組み

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更新日:2022/2/1

モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか
『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』(田中道昭/集英社インターナショナル)

 コロナ禍となってから2年あまり。オミクロン株の流行など、いまだ終息のきざしは見えない。未知のウイルスに対して、多くの人が救いの手として期待するのがワクチンの効果である。日本では主に、老舗の大手製薬会社・ファイザー製と、製薬ベンチャー・モデルナ製が使われている。

 ただ、コロナ禍となる前。後者のモデルナは、一般にその名がほとんど知られていなかった。2010年創業、コロナ禍以前の2019年度まで市販製品がひとつもなかった企業は、なぜこれほどまでに認知度を高められたのか。ワクチン製造の裏側などを伝えた書籍『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』(田中道昭/集英社インターナショナル)を読むと、その過程がよく分かる。

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一般的に10〜15年ほどかかるワクチン実用化を9カ月に縮めたモデルナ

 本書によると、世界中のモデルナワクチン供給契約数は2021年4月時点で13億回以上にも及んでいたという。それだけではない。コロナ禍の製薬業界内で、モデルナは異例の実績をあげていた。

 中国の科学者らが新型コロナウイルスの遺伝子情報をネット上に公開したのは、2020年1月10日だった。それを受けて、モデルナがワクチンの設計図を完成させたのがわずか3日後。2月7日までに臨床試験用ワクチンを製造し品質試験を実施、24日には米国国立衛生研究所へ臨床試験用ワクチンを送付していたという。

 日本国内ではまだ「新型コロナウイルス」ではなく「新型肺炎」の呼称が使われていた時期。さらに、パンデミック初期を象徴したクルーズ船のダイヤモンド・プリンセス号が横浜港へ到着したのが2月3日だったと考えると、モデルナの対応はだいぶ早かったのが分かる。

 公的な臨床試験を重ね、米国食品医薬品局がモデルナ製ワクチン「mRNA-1273」の緊急使用許可を出したのが2020年12月18日。一般的に、ワクチンの開発には10〜15年ほどかかると言われていたが、モデルナはわずか9カ月で実用化へと至った。

薬で対処するのではなく「人体が必要とされる薬を作る」という選択肢

 モデルナ製ワクチンの名称に使われる「mRNA」について、本書では「自分の細胞が自らタンパク質を作るための設計図」と解説している。

 タンパク質は生物の生命活動を支える源で、異常をきたせば病気や身体の不調にもつながる。そして、ウイルスを形成する物質の多くもタンパク質のため、体内で正常に機能する仕組みを作れれば、病気や身体の不調も治療できる可能性が生まれるのだ。

 一般的に、特定の病気への対策としては、製薬会社の開発した薬を処方する薬物療法が主流だ。しかし、コロナ禍でモデルナが打ち出したのは、mRNAを活用し「人体そのものが病気を治すのに必要とされる薬を作る」という選択肢。その取り組みについて、モデルナのCEOであるステファン・バンセル氏は「(モデルナの)ワクチンは製薬業界を破壊する可能性がある」とも述べていた。

 そして、モデルナによるワクチンの迅速な製品化に欠かせなかったのが、昨今日本でも叫ばれている“DX(デジタルトランスフォーメーション)”というキーワードだ。

 創業以来、モデルナは生産性向上のため業務のシステム化を図っていた。いち早くAIなどの先端技術を取り入れ、開発から臨床試験を経ての製造までを自動化。2018年7月にアメリカ・マサチューセッツ州で稼働させた工場では、開発を手がける「クリエイト」部門と製造を手がける「メイク」部門を同じ場所に配置するなど、効率化を徹底し続けてきた。

 ただ、急激な成長の裏には課題もある。2021年9月1日、厚生労働省は日本国内で使われるモデルナ製ワクチンの一部にステンレスの破片が混入していたと発表。ワクチンに望みを託す多くの人へ、大きな不安を与えた。

 本書ではモデルナだけではなく、AppleやAmazon、アリババといった世界的な企業がヘルスケア産業へ取り組み続ける現状を紹介している。特にコロナ禍を経て、医療に関わる市場が大きな変化に見舞われているのも明らかだろう。私たちの健康につながる業界はこの先、どんな未来へ進んでいくのか。その動向からは目が離せそうにない。

文=カネコシュウヘイ

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