各地を巡回した展覧会が映像化。『富野由悠季の世界』展が映し出す、富野由悠季の思想・哲学・演出術

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公開日:2022/2/26

富野由悠季の世界
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 またひとつ、星が生まれた。

 2019年6月22日から2022年1月23日まで、日本全国8箇所で開催されていた美術展『富野由悠季の世界』。その展示は、超新星のように熱く眩しくエネルギーに満ちた美術展だった。

 社会現象となった『機動戦士ガンダム』(1979年)をはじめとする「ガンダム」シリーズ、『伝説巨神イデオン』(1980年)、『戦闘メカ ザブングル』(1982年)、『聖戦士ダンバイン』(1983年)、劇場版『Gのレコンギスタ』(2019年~/全5部作)などを手掛け、国内外のアニメシーンのみならず、様々な分野に大きな影響を与えてきた富野由悠季監督。その富野監督作品に幼いころから魅了されていた、福岡市美術館の学芸員・山口洋三さんや青森県立美術館の学芸員・工藤健志さんをはじめ、島根県立石見美術館、兵庫県立美術館、静岡県立美術館、富山県美術館のみなさんは、その富野監督の半生と彼の創作物を美術展として構成しようと、この企画を立案した。

 美術展といっても、御年80歳となる富野監督の創作活動は多岐にわたり、膨大だ。僕たちがTV画面やスクリーンを介して「観ているもの」は氷山の一角に過ぎない。無数の企画書、企画メモ、そして多くの作品スタッフが生み出す映像素材、中間制作物。そして彼の作品作りのベースとなった思想や哲学、演出術が存在する。

 演出家の半生と膨大な作品・制作物群をどのように展示(演出)するのか。富野監督からは「演出は概念的なものなので展示できない」と言われ、学芸員たちの企画は一度否定された。だが、学芸員たちは粘り強く試行錯誤し、持ちうるノウハウを注ぎ込んで、その無謀に挑んだ。そして、いわゆる『富野由悠季展』ではなく、『富野由悠季の世界』として、富野監督の周囲や業界を包括する展示を作り上げてしまったのだ。

富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

 ドキュメンタリー『富野由悠季の世界 ~Film works entrusted to the future~』は、その「富野由悠季の世界」展をフィックスのカメラでそのまま映像化したもの……ではない。手持ちのカメラで、美術展ができあがる過程や展示物をつぶさに追いかけることで、富野由悠季自身と向かい合おうとする、スリリングなドキュメンタリーになっている。このディスクに収録されている映像は、実際の美術展に足を運んだ人が観ても、図録を読んだ人が観ても、新しい発見がある映像だと感じることだろう。

 ドキュメンタリーは2014年に大阪で開催された「機動戦士ガンダム展」の模様から始まる。会場を訪れた富野監督は、美術館の展示スタッフに提言した。彼は「演出家」として、「ガンダム」を知らない人が見ても楽しめる展示を目指そうとしていた。彼は独自の語り口を持つ作家であり、思想を持つ演出家である。その部分を軸に、このドキュメンタリーは富野監督の人となりや演出論を丁寧に読み解いていく。

 その映像の中には、『富野由悠季の世界』の展示物を撮影したものだけでなく、『富野由悠季の世界』の会場に訪れたときの富野監督の発言、樋口真嗣監督と富野監督の対談、『Gのレコンギスタ』制作中の打ち合わせ風景などを映像として収録。さらに現プロジェクトナビゲイター(元サンライズ企画室室長 プロデューサー)の井上幸一さんやA-1 Pictures CGプロデューサー(元サンライズ企画担当 プロデューサー)の堀口滋さん、『Gのレコンギスタ』の作画監督のひとり柴田淳さん、アトリエ・ムサ(美術監督)の池田繁美さん、監督・演出の吉沢俊一さん、サンライズ プロデューサー小形尚弘さん、元サンライズ代表取締役社長・プロデューサーの内田健二さんへの取材や、ゲームクリエイターのヨコオタロウさんとの対談を通じて、多角的に富野監督を掘り下げている。

 クライマックスは、映像中に挿入されているスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーと富野監督の対談だ。鈴木さんはかつてアニメ誌『月刊アニメージュ』の編集長だった経歴の持ち主。かつては取材する立場として、富野監督と親密にしていたという。旧知の仲だからこそ交わせる、くだけた会話の中に、実に貴重な言葉がたくさん詰まっている。

 本ドキュメンタリーの監督は中西朋。これまでに『BEGINNING of GUNDAM RECONGUISTA in G ~富野由悠季から君へ~』(2014年)『富野由悠季から君へ2 “Update of G”』で長期間にわたって富野監督に取材を重ね、『勝敗を越えた夏2020~ドキュメント日本高校ダンス部選手権~』で第58回ギャラクシー賞にて奨励賞を受賞した気鋭の映像作家だ。彼の視点で切り取られた富野監督像を本ドキュメンタリーで思う存分味わうことができる。

 富野由悠季という演出家を学芸員たちが演出し、『富野由悠季の世界』を作った。そして、その『富野由悠季の世界』を、ドキュメンタリーのスタッフが演出し、『富野由悠季の世界 ~Film works entrusted to the future~』が生まれた。ひとつの星が新たな星とつながり、それは大きな星座となる。富野由悠季という巨大な星座を構成する星々に、またひとつ新たな星が生まれたのだ。

文=志田英邦


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