児童養護施設で暮らす女子高校生が、「馬鹿にされるな」という祖母の言葉に対し、決断した道とは――?

文芸・カルチャー

更新日:2022/2/25

ななみの海
『ななみの海』(朝比奈あすか/双葉社)

 思春期に葛藤はつきものだ。自分のこと、将来、友だち、恋愛、勉強、部活、親との関係…いろいろなことに悩み傷つきながら、みんな少しずつ大人になっていく。『自画像』『人間タワー』『翼の翼』など中学受験でも多くの作品が取り上げられている朝比奈あすかさんの最新作『ななみの海』(双葉社)は、そんな青春の葛藤を「児童養護施設」で暮らす高校生・ななみの視点で描き出していく物語だ。子どもをとりまく世界を描き続けてきた作者の集大成ともなる作品であり、あまり知られていない児童養護施設で暮らす当事者が背負う複雑な事情や悩みを繊細に描き出す。

 県内でも有数の進学校に通う高校2年生のななみは、K-POPアイドルが好きでダンス部に熱中する普通の高校生だ。彼女がみんなと違うのは、児童養護施設で暮らしていること。地元の中学では施設出身であることを周囲は自然と理解していたが、バラバラな場所から生徒が集う高校ではそうはいかない。ななみは自分の境遇を言い出せないまま、仲良し4人組と一緒にいるときも懸命に辻褄をあわせていた。それでもななみの日々は忙しい。文化祭のダンスに懸命に打ちこんだり、勉強に追われたり、初めて彼氏ができたり、バイトをしたり…。小学生の頃までななみを育ててくれた祖母に言われ続けた「馬鹿にされちゃアいけない」の言葉にしばられ医学部進学を目指していたななみだったが、高3の夏、自分の意志で自分の道を選びとる――。

 一見、普通の高校生と変わらない悩める青春を過ごすななみだが、周囲と大きく違うのは「18歳になったら施設を出なければならないかもしれない」というプレッシャーと常に戦っていることだ。大学に通う場合は最長22歳まで延長可能とはいえ、実は現状の児童福祉法では児童養護施設などで暮らす人には原則18歳での自立が求められているからだ。そのためななみも懸命にバイトをして将来のために貯金し、絶対に浪人はできないから受験勉強も必死にこなす。物語を通じて保護児たちがいかに過酷な状況にあるのかを実感するのは間違いないだろう(幸いなことに厚生労働省は今年の1月末にようやく制度の見直しを発表、今後は年齢ではなく自立可能かどうかで判断し継続的にサポートが受けられるようにする方針とのことだ)。

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 こうした境遇による苦労の差はもちろんあるが、ななみの友だちはそれぞれに多かれ少なかれ「自分の存在」に不安や葛藤を抱えており、揺れる。そしてそこには大人たちが大きな影響をおよぼす。たとえばななみの友人であるお嬢様のズミは、母親の教育虐待めいた言動に自我を確立しきれず不登校になってしまうし、ななみの日常でも大人(=職員)たちの存在はもちろん大きい。彼らは見守ってくれる大事な存在であり、彼らの期待は確実にななみが前向きに生きるための大切な原動力となっている。「いい大人になりたい。そうすれば、困らない子どもが増えるから。本当は、それが世界でいちばん大事なこと」とななみは言う。その言葉の意味は物語を読み終わったあと、あらためて心に響くことだろう。

 ラストにあるあたたかな希望は、これまでも様々な物語で子どもたちの幸せを願ってきた作者の「祈り」なのかもしれない。それでも前を向くななみに、勇気をもらう大人はきっと多いはずだ。

文=荒井理恵

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