「仕事の出来ない人をフォローしてばかりの人はどうしたらいいの?」リアルな職場の人間関係を突きつける1冊を読書家たちはこう読んだ

文芸・カルチャー

更新日:2022/3/3

※「やっぱり小説は面白い。2022 レビューキャンペーン」対象作品

きみはだれかのどうでもいい人
『きみはだれかのどうでもいい人』(伊藤朱里/小学館)

 人とわかりあうことは、どうしてこんなにも難しいのだろう。人と理解しあう難しさを描き出す新感覚小説『きみはだれかのどうでもいい人』(伊藤朱里/小学館)が今、読書家を中心に大きな話題を呼んでいる。誰もが被害者であり加害者でもある――そんなメッセージを描いた連作短編に、多くの人が強い衝撃を受けている。

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 舞台は、地方の県税事務所。この事務所で働く4人の女性が各短編の主人公だ。

 たとえば、第1章は、同期が休職したことで県庁から急遽異動してきた若手職員・中沢環の視点で語られる。彼女は、採用試験を首席で突破した有能職員。だが、今の仕事は、税金を滞納する「お客様」の家々を回り、電話をかけて、支払いを促すというものだ。本庁での出世コースに戻るためには、ここで評判を落としてはいけない。そう意気込んでいるのに、仕事のできないアルバイトの須藤深雪や「お客様」から受けるストレスに悩まされ、ついに環は苛立ちを爆発させる。

 だが、日常にモヤモヤを抱えているのは、彼女だけではない。他の短編では、心の不調を抱えた環の同期の総務課職員・染川裕未や、ベテランパートの田邊陽子、「お局様」の総務課の堀主任など、年齢も立場もさまざまな女性たちが登場する。同じ職場で同じ時を過ごしながら、彼女たちはそれぞれの言い分を抱えて生きているのだ。

 同じ出来事でも見る人によって見える世界はまるで異なる。そんな職場での出来事を描き出したこの作品を読書家たちはどう読んだのだろうか。

QuicimA
県税事務所を舞台に起こったひとつの出来事が、4人の女性の視点で語られる。それぞれ、持論がぐるぐると加速しながら感情に熱をもたせていくような流れがリアルで、話そのものは重いのにさくさくと読むことができた。

ぽに
タイトルのインパクトで手に取ったけれど、読み始めたらあっという間に引き込まれ一気読みしてしまった。職場の人間関係の難しさ、理不尽な客の声、共感できるところが多くて驚いた。片側から見ただけではわからない人の内面が、それぞれの目線になる事で印象も変わり、みんなそれぞれ大変なものを抱えてそれを隠して働いている、生きているんだなと当たり前の事を思った。うまく言えないけど、なんだかすごい一冊だった。

PEKO
はぁ〜。これって何ていうんでしょう。お仕事小説ホラーとか。悪人は出てこないのにイライラして苦しい。県税事務所に勤める立場の違う女性四人が、社会復帰促進制度で雇用された一人の女性を巡って、自分では触れたくない嫌な自分を引き出されてしまう。彼女達は家族の事でも色々問題を抱えているし、共通してストレスの発散ができず、内に抱え込んでしまうタイプ。これを読んで「女性って怖いよね〜」で終わらせてはいけない。女だけの問題ではないよ。男もちゃんと向き合って。私たちは一緒に働いてるんだから。

MINA
全然違う立場の4人の女性それぞれに少しずつ共感出来た。だからこそ各々それぞれの、ままならなさや地獄・諦観や鬱屈が刺すように伝わってきて読んでてひたすら苦しくなった。

yurinessa
なんだか感情の振り幅がすごくて一気読み。役所で働く女性たちと社会復帰支援雇用プログラムで雇われた仕事のできないアルバイト。彼女の存在がひとりひとりの心をあぶりだしていく。病気だから、精神的に弱いから。だけどそもそも《強い人》なんていないんだよ。弱きものを強きものが支える社会。それはとっても美しいけれど現実問題そう簡単なものじゃない。

チューリップ
読んでいて少々しんどくなる話なんだけどそれだけリアルに感じると言う事でもあるのかな。出来ない人をフォローして助け合うって正しいんだけど、フォローばかりしなければいけない人はどうしたらいいのか、それぞれの立場の葛藤が分かるからこそ辛くなった。読み進めていくと一つの出来事でも別の人の視点で見ると新たな側面が分かったりするのでそういう部分は面白かった。誰にだって色々あるけど何でも人に話せるわけではないから完全に分かり合えないし、人間関係の苦しさを感じた。

 各短編を読むごとに、見えていた光景が次々と変わっていく。4人それぞれの視点の物語を読むと、傷つけた側の言い分にも、傷つけられた側の言い分にも、一理あることに気づかされるのだ。この小説のように、今まで誰かに傷つけられ、きっと私も誰かを知らぬ間に傷つけてきたのだろう。同じ出来事を誰もが同じように感じるとは限らない。そのことに気づけば、自分の職場で一緒に働く人たちの内面も想像せずにはいられなくなる。

 この本には、今までうまく言語化できなかった職場での思いが繊細に描き尽くされている。職場で傷ついたことのある全ての人必読。読めばきっと職場の見え方が変わるに違いない。読書家たちが衝撃を受けたこの読書体験を、ヒリつくような心の痛みを、ぜひともあなたにも味わってみてほしい。

文=アサトーミナミ

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