「生きていれば。恋だって始められる」小松菜奈&坂口健太郎のダブル主演映画『余命10年』の著者が描いた「希望」の物語

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/4

※「やっぱり小説は面白い。2022 レビューキャンペーン」対象作品

生きてさえいれば
『生きてさえいれば』(小坂流加/文芸社)

『生きてさえいれば』(小坂流加/文芸社)は、『余命10年』の著者が描いた「もう一つの物語」である。

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『余命10年』は2022年3月4日から、小松菜奈と坂口健太郎のダブル主演による映画が公開されることもあり、多くの注目を集めている恋愛小説だ。重い病により自身の余命があと10年であると知った主人公の茉莉(まつり)は、2017年に逝去された著者・小坂流加さんがモデルとされている。

 小坂さんは亡くなられたのだが、その後ご家族によって本作『生きてさえいれば』の存在が明らかになり、出版する運びとなったそうだ。

『生きてさえいれば』を読んで、私はこの話を「希望」の物語だと思った。

 内容としては、結構ヘヴィーな展開が続く。

 主人公は、同級生に虐められ、自殺しようと考えている男子小学生の千景(ちかげ)。ある日、心臓移植を待ち入院中の叔母・春桜(はるか)の書いた手紙を見つけた千景は、彼女に内緒で相手に届けようと決心する。

 手紙の宛名は「羽田秋葉(はねだ・あきは)」。大阪に住んでいるらしい。千景はこの人が自分の大好きな叔母にとって特別な人なのだと察し、その手紙を届けてから死のうと、ひとり新幹線に乗る。そして千景は秋葉と会うことができるのだが、千景の持って来た手紙によって、秋葉は春桜との出会いを思い起こすことになる……。

 そこからのストーリーでは、大学生の2人が出会い、恋に落ち、そして、愛し合いながらも離れ離れになるまでが描かれる。

 春桜の一目惚れから始まった2人の関係だが、秋葉は春桜の無邪気で強引とも言える好意、そして見え隠れする春桜の「家族」の存在もあり、素直に彼女の想いを受け入れることができない。春桜は、冷たい態度を取る姉の冬月に好かれようと必死だったり、亡くなった父親と秋葉を重ねているような節があったりと、秋葉にとって春桜の自分への想いは、そういった家族への執着から来るように思えてしまったのだ。

 その後、そういった懸念や誤解が解け、ようやく2人は結ばれたものの――幸せは長くは続かない。

 正直読んでいてかなりツラくなった。

 悲劇的な展開が怒濤のように押し寄せ、心が重たくなった。

 けれど本作の結末は、そういった重たい「闇」を、「光」に変えてくれたと思う。

 自殺しようとしていた千景だったが、秋葉に手紙を届けたことがきっかけで気持ちが変化する。生きて「ほんとうの幸(さいわい)」を見つけたいと、千景はいったん、自殺を思い直すようになる。そして千景の行動により、作中では明確には描かれていないものの、秋葉も、そして春桜にも変化が起こったはずだ。

 どんなにつらいことがあっても、「生きてさえいれば」。そう、彼らは思うのだ。

 深い暗闇を持つ物語だからこそ、登場人物たちが抱いたラストの「気づき」は、とてつもない光に感じた。だから私は本作が「希望」の物語だと感じたのだ。

 話は少しそれるが、小坂さんの著作を読んで、思ったことがある。小坂さんの描く恋愛模様はとても魅力的だ。恋するキャラクターたちの心情は、――必ずしも幸せな感情だけではなく苦悩もあるのだが――実に生き生きとしている。

 本作をヘヴィーな話だと書いたが、そういった恋愛模様は微笑ましく読めるシーンもあったので、終始、重たくて読むのがツラい物語ではないことはお伝えしておかなければならない。

「生きてさえいれば」。このタイトルは、著者の小坂さんが最も伝えたかったことのひとつだと思う。自身の余命が残り少ないからこそ、人を愛することの困難さと、唯一無二の輝きを、誰よりも感じていたのではないだろうか。

 映画化される『余命10年』の著者が書いた希望の物語を、どうか手に取って読んでみてほしい。

文=雨野裾

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