「僕は、余生を生きている」人生諦めムードの大学生が沖縄でリゾートバイトに励んだら…?「和菓子のアン」シリーズ坂木司の南国×青春ストーリー

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/4

楽園ジューシー
『楽園ジューシー』(坂木司/KADOKAWA)

 居場所を変えると、本当の自分が見えてくる。自分の視野がいかに狭かったのかに気付かされる。もしかしたら、悩んでいるのは自分だけではないのかもしれない。誰もが悩みや葛藤を抱えているのかもしれない。そんな発見ほど、自分を成長させてくれるものはないだろう。

『楽園ジューシー』(坂木司/KADOKAWA)は、人生諦めムードの大学生が自分自身を見つめ直す南国青春ストーリー。タコライスに、ゴーヤーチャンプルー、ラフテー…。「和菓子のアン」シリーズで知られる坂木司氏が描き出す美味しそうな沖縄料理とともに綴られるのは、沖縄でのリゾートバイトの日々だ。それは、ほろ苦くも爽快感満載。少しずつ成長していくその姿を応援せずにはいられなくなってくる。

 主人公は、日本・ドイツ・ロシア・中国・マレーシアという複数の国の血を引くザッくんこと、松田英太。ずっと日本で暮らしてきて日本語しか話せないのに、見た目はどう見ても外国人。お笑い芸人のような天然パーマで、色白、太り気味だった彼は、見た目が原因でいじめられてばかりいた。そんなザッくんを救い出してくれたのが中学時代に出会った2人の親友。「いつか絶対、3人で行こう」と沖縄旅行をすることを夢見ていたが、別々の高校に進み、ザッくんが大学生になってからは、メールのやりとりはあるものの、なかなか会うこともできないでいる。だが、ある時、ザッくんは、ふとしたことから、沖縄でリゾートバイトをすることに。いつか3人で旅行する時のための下見役のつもりで、憧れの沖縄に降り立つのだった。

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 南国でのリゾートバイトというと、華やかなバイト仲間たちとの交流と、ひと夏の恋が待ち受けていそうなイメージを勝手に抱いてしまうが、ザッくんが沖縄を訪れたのは、春休み。観光のオフシーズンであるのに加え、バイト先のホテルジューシーは、国際通りの裏通りにあるゲストハウスのような安宿だ。ホテルのバイトは、ザッくんひとりきり。業務内容もフロント業務と清掃後の部屋のチェックという、地味な内容。だが、スタッフたちはかなり個性的。特に、ザッくんは、おかしな柄のアロハシャツがトレードマークのオーナー代理に振り回されることになる。オーナー代理は、とにかくテキトー。昼間はいつも眠そうで、ほとんど仕事をしていないのに、どういうわけか、夜になると突然頼れる存在になるのだ。

 気分の上下が激しい女子大生2人組。古着好きの男子大学生2人組。「裏切り者」「支払い期限」などという不穏なメモを落とした常連客の50代の女性。沖縄で大量のお土産を購入したという仲良し夫婦。黒いビニール袋に入った謎の荷物を持ってきた感じの悪い男性…。ホテルジューシーを訪れる客たちは、みんな何だかワケありだ。そんな客たちの秘密を解き明かすオーナー代理はまるで名探偵。客たちの声にならない声を聞き、ホテルで巻き起こる問題の数々を鮮やかに解決していくのだ。そんなホテルジューシーの日々の中で、ザッくんは、楽園だと思っていた沖縄が抱える影を知る。そして、見た目ばかりを気にしていた自分が、いかに年齢や性別、外見にとらわれて人を判断していたかに気付かされていくのだ。

ここは楽園じゃないけど、面白いところではある。

 成長には、時として痛みを伴う。自分の弱さと向き合うザッくんにエールを送りたくなると同時に、この本自体が、読者が自分自身と向き合うキッカケにもなる。この本で南国の風に吹かれながら、あなたもザッくんと一緒に自分自身を見つめ直してみてはいかがだろうか。ザッくんと同じように、きっとあなたも、思いがけない自分の姿と巡り会えるに違いない。

文=アサトーミナミ

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