「紙鑑定士」の新たな相棒は「フィギュア造形家」! 高度な知識で謎を解くウンチクたっぷり新感覚ミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/10

紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪
『紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪』(歌田年/宝島社)

 餅は餅屋。専門家は、素人には到底かなわない質のよい仕事をするものだ。ひとつの分野に深い愛情を注ぎ、それを極める。「オタク」とも呼べるそんな存在は、なんとカッコいいものかと、憧れと尊敬の念を抱いてしまう小説シリーズがある。

 そのシリーズとは、第18回『このミステリーがすごい!』(『このミス』)大賞受賞作『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』(歌田年/宝島社)に始まる小説シリーズ。このたび刊行された、シリーズ第2弾『紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪』(歌田年/宝島社)は、3つの事件を描き出す連作短編集であり、前作同様、ニッチな専門知識を武器に難事件を解決していく新感覚ミステリーだ。作者の歌田年氏は、29年間の出版社勤務中に紙とプラモデルの専門的な知識を培ったという人物。専門的な知識を基として描かれるミステリーは数多くあるが、どんな「紙」でも見分けることができる「紙鑑定士」を描く物語など、ほかにないだろう。おまけにその相棒となる人物も個性的。前作では、類稀なるプラモデルの知識をもつ伝説の「プラモデル造形家」が相棒となったが、今作では、「紙鑑定士」は、フィギュアやコスプレに精通する「フィギュア作家」とタッグを組むことになる。

 主人公は、西新宿で紙鑑定事務所を営む男・渡部。彼の本業は、「紙」の鑑定であるはずなのに、今回も厄介な事件の調査を行うことになる。最初の依頼人は、小学校の3年生・古戸梨花。事務所を訪れた少女は、渡部に「紙粘土」の鑑定を依頼する。なんでもその紙粘土は、野良猫の虐待現場に落ちていたもので、猫の毛と血が付いていたため、凶器であるに違いないというのだ。洋紙の銘柄を言い当てることは得意の渡部でも、さすがに紙粘土を見極める訓練は受けていない。しかし、そこで諦めないのが渡部だ。粘土の塊の角をカッターで削り、その欠片をマイクロスコープで観察することで、粒子の違いから「これは紙粘土ではない」と鑑定。その後、偶然この粘土を目にした伝説の「プラモデル造形家」・土生井は、「こりゃ〈ワンド〉かな」との見解を述べる。それは、昔からフィギュアの原型制作に使われてきた石の粉を主な原料にした粘土とのことで、渡部は、フィギュアに精通する「フィギュア作家」・團にたどり着く。渡部は、團の知識を借りながら、野良猫虐待事件の真相を追うことになるのだ。

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 渡部にしろ、團にしろ、彼らは相当マニアックだ。紙鑑定士の渡部は、たとえば、壁のカレンダーをみれば、「三菱製紙のA0スーパーアート超級紙〈ダイヤフプレミアダルアート〉ですね」などとすぐに紙の銘柄を言い当てる。フィギュア作家の團もさすがは専門家。渡部が彼の作品について質問すると、「三毛猫はイベントで売ったガレキ、スフィンクスは博物館の依頼で作った物、あとは玩具メーカーからの頼まれ物です。全部、レジン複製した余りを暇な時に塗装した物です」と回答。素人なら、「ガレキ? レジン複製? フィギュアとはどう違うの?」と困惑して当然だろう。だが、渡部の質問に対し、フィギュア造形の知識を詳しく語り続ける團の姿を見ていると、本当にフィギュア造形を愛していることがうかがえる。好きな分野にとことん精通するその姿は「オタク」そのものなのだが、好きな分野を極め切ったその姿に憧れの念さえ抱いてしまうのは私だけではないだろう。ウンチクを語れる人の姿はカッコいい。語れる分野があることが羨ましくさえ感じてしまう。

 野良猫虐待事件以外にも、渡部と團は、父を喪った少年の心を印刷業界のウンチクと完璧なフィギュア造形でときほぐし、凶器が消えた奇妙な殺人事件の謎を、コスプレの知識を駆使してつまびらかにしていく。事件とは一見無関係に思える知識が、真相へと結びついていくのがなんとも面白い。まさかあの知識がこう生かされるとはという驚きの連続。マイナーな知識と、それがもたらす鮮やかな謎解きは快感だ。前作を読んだ人も、未読だという人も、この新感覚をぜひ体感してほしい。読み終えた時、きっとあなたも「オタク」という存在の見え方が変わってくるに違いない。

文=アサトーミナミ

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