【累計235万部突破】女性バリスタは安楽椅子探偵! 日常の謎のかけらを結晶化する大人気喫茶店ミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/12

珈琲店タレーランの事件簿7 
『珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて』(岡崎琢磨/宝島社)

 フランスの外相で美食家としても知られるタレーランは、「よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」と述べたといわれるが、やっぱりコーヒーは甘みよりも苦みが決め手ではないかと思う。苦くないコーヒーなんて美味しくない。それと同じで、人生も時にほろ苦い出来事があってしかるべきではないか。

 ふとそんなことを思ったのは、『珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて』(岡崎琢磨/宝島社)を読んだ時だった。この作品は、『このミス』大賞シリーズ『珈琲店タレーランの事件簿』の第7弾で、京都にある小さな喫茶店の女性バリスタ・切間美星が鋭い洞察力と推理力で日常の謎を鮮やかに解き明かしていく、累計発行部数235万部の大人気シリーズ。最新作である本作は4巻以来の短編集で、美星が珈琲店タレーランに持ち込まれる7つの謎を解いていく。シリーズ第7弾とはいえ、この作品から読み始めても『珈琲店タレーラン』シリーズの世界にどっぷりハマることのできる1冊だ。

 特に印象に残ったのは、「ビブリオバトルの波乱」。これは、著者・岡崎琢磨氏が2020年1月に開催された全国高等学校ビブリオバトル決勝大会で実際に目撃した出来事から発想して描かれた作品だというから、ますます興味をそそられるだろう。ビブリオバトルとは、本のプレゼン大会。その決勝大会の発表順を決めるくじ引きの場面で事件は起きた。出場者が引いたくじには、なぜか77と88がなく、3と4のくじが2枚ずつ入っていたのだ。このイベントの運営を担当した読裏新聞社社員・徳山実希は、くじ引きでのトラブルが原因で思うようなプレゼンができなかったという高校生からの苦情を受け、謝罪のために珈琲店タレーランで待ち合わせをする。一体この事件にはどんな真相が隠されているのだろうか。実際の日常の謎がこんなミステリーとして結実するとは……意外な結末には誰もが驚かされるに違いない。

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 また、ハワイ旅行をめぐるオカルト譚「ハネムーンの悲劇」も心に残る。オカルト月刊誌『トナノ』の編集長・三浦真琴は、奇妙な出来事を経験したという加納七恵の取材を珈琲店タレーランで行う。なんでも七恵の姉夫婦は、ハネムーンに出発する当日の朝、交通事故に巻き込まれたのだそうだ。姉は一命を取り留めたが、義兄は死亡。その事実を姉に伝えると、姉は、取り乱しながら、義兄との新婚旅行の思い出を語り始めた。姉夫婦が事故にあったのは、新婚旅行に出発する当日の朝だったはず。それなのに、どういうわけか姉には新婚旅行の記憶があるというのだ。おまけに姉のキャリーバッグからは、ハワイのお土産だというコーヒー豆が出てくる。姉はまさかタイムリープでもしたのだろうか。しかし、その話を聞いていたバリスタ美星だけは、安楽椅子探偵さながら、いちはやく真実に気づいていた。

 明かされる真相は決して甘いものばかりではない。そこにはしっかりとした苦みがある。だけれども、ほろ苦さは人生の妙味。うまくいかないことも含めて人生と呼べるに違いない。

 アラブ諸国で飲まれているというカフワ・アラビーヤ。インド洋に浮かぶフランス海外県の世界遺産、レユニオン島で採れるコーヒー豆・ブルボンポワントゥ。豆の持つ香味の個性をダイレクトに味わえるフレンチブレス……。謎解きに添えられる、コーヒーに関する豆知識も面白い。この本を開けば、コーヒーの香りが漂ってきそう。コーヒーに人生が重なりあっていく。ビターな後味は絶品。この大人の味わいをあなたも体感してみてはいかがだろうか。

文=アサトーミナミ

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