元新聞記者のライターが迫る、「黙殺されるコロナ禍の闇」とは

社会

公開日:2022/3/25

ハザードランプを探して
『ハザードランプを探して 黙殺されるコロナ禍の闇を追う』(藤田和恵/扶桑社)

「日本の底が抜けた」。

 もとより日本社会に巣食っていた種々の貧困問題が、コロナ禍により一気に表面化した状況を指摘した言葉だ。本書『ハザードランプを探して 黙殺されるコロナ禍の闇を追う』 (SPA!BOOKS)は、この端的な表現から始まる。生活困窮者からの直接連絡を受けた市民団体が、車で現場に急行する「駆けつけ支援」。その最前線に密着した様子が、個別の事例とともに克明に記されている。

「車の中で聞こえるハザードランプの音は、まるでメトロノームのように一定のリズムを刻み続ける。コロナ禍の街をさまよう人たちの目に、その明かりはどんなふうに映るのだろうか?」(本書p10)

 著者は北海道新聞記者を経て、長年フリーライターとして貧困問題を追ってきた藤田和恵氏。生活困窮者の生の声を拾った臨場感ある文章が光る。

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 特に本書では「女性の貧困」が大きなトピックのひとつとして取り上げられている。未だに「セーフティーネット」と化したままの性産業、もともと非正規雇用の女性で支えられていたという、飲食やホテル業界。減少傾向が続いていた自殺者は、2020年には増加に転じ、特に第2波感染拡大の際には、女性の自殺者上昇率は男性の5倍にものぼったという。こうした女性目線からの鋭い観点もみどころだ。

 そして本書の特徴は、きわめて高い時事性にある。

 コロナ禍で目立ったとされている「生活保護への忌避感」だが、2020年には「生活保護の申請は国民の権利です」と厚生労働省がTwitterで発信し、大きな話題になった。それだけこの日本社会で生活保護受給者が背負う「スティグマ(社会的恥辱感)」には根深いものがあるのだ。

 たとえば、足が不自由なある60代の女性。きれいな日本語をつかう彼女だが、数か月後には家賃の支払いができなくなる。市民団体側からは生活保護を受けてはどうかと提案されるも、「役所とはお近づきになりたくないんです」と頑なに断る女性。しばしの沈黙。車の中に重い空気が漂う。

 生活困窮者側からだけでなく、行政側の事情を取り上げているのも本書の特徴だ。生活保護申請者を追い払う「水際作戦」。その背景にある、ケースワーカーの人材不足に指摘が及ぶ。

 視点を変えれば、福祉の現場というのは過酷な労働環境につながりやすい。「血も涙もないケースワーカー」として描かれがちな彼ら自身もまた、非正規雇用という場合もあり、まだ若く裁量や判断能力が不足していることも多いのだという。根強い「公務員バッシング」により、人員が増やせず、業務過多の状態からコミュニケーション不足に陥る実態もある。申請者の家族に支援の可否を問い合わせる「扶養照会」に対して、ケースワーカー自身も葛藤を抱えているのだそうだ。

 それ以外にも無料低額宿泊所や脱法ドミトリーなど「住まい」に焦点をあてた章や、ヤミ金を取り上げた章も読み応えがある。本文中には福祉事業所と無料低額宿泊所が「共犯関係」であるとの指摘もある。現場ではこうしたさまざまな社会問題が複雑に絡み合って、そう簡単に解決できる課題ではないことを考えさせられる。

 忌避される生活保護に、福祉の穴。近年、多様化する状況を概観するためには外せない一冊だ。

文=大河内光明

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