『そして、バトンは渡された』の瀬尾まいこ最新作は、温かく心に沁みる “友達”がテーマの作品集!

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/19

夏の体温
『夏の体温』(瀬尾まいこ/双葉社)

 家族でも恋人でもなくて、友達と呼べるほどの親しさがなくても、人と人とは手を差し伸べあって、助け合うことができるのだということを、瀬尾まいこさんの小説を読んでいると、信じたくなる。そんな瀬尾さんの最新作『夏の体温』(双葉社)は“友達”をテーマにした作品集。

 2編めの「魅惑の極悪人ファイル」の中で、腹黒を意味する「ストブラ」と陰であだ名されている大学生の青年がこんなことを言う。

自分のことは、自分に原因があるような気がして、腹が立つまでいかないけどさ、友達が嫌な目に遭ってると妙に頭くるんだよな。

「自分の書く小説には悪人が出てこなくてリアリティがないと言われたから、取材させてくれ」と押しかけてきた同じ大学の学生で、小説家の大原さんに向けて言った言葉だ。

advertisement

 ぶしつけなお願いに困惑しながらも大原さんの相手をするストブラは、まったくもって腹黒には見えない。それどころか、高校時代に小説を書いているというだけで「ブスが調子に乗ってる」と言われたという大原さんの話に「高校時代のクラスメート集めて俺が文句言ってやりたい」と憤慨する心根の持ち主だ。

 そして大原さんもまた、ストブラがなぜストブラと呼ばれるに至ったか、その過去を聞くにつれて、本人以上にムカムカし、どうにかして誤解を解くことはできないかと画策する。

 でもそれは、2人が特別にいい人だから、ではない。世の中の大概の人はきっと、そんなふうに、誰かのために怒ったり笑ったり、自然とできるものだろう。そして、「あなたはそんなに軽んじられていいはずがない」と相手に伝えることによって、遠回りだけど、自分もまた同じように軽んじられていいわけじゃない、と気づくことができるのだ。

 そうしてどちらもが心地よい関係を築くことができたなら、始まりはどうでも、月に何度も会うことがなくても、それは立派に友達と呼べる関係だし、そういう人が世界に一人でもいてくれるだけで生きていけるような気がする、と、2人の関係を見ていて思う。

 噛みあってるんだか、そうでないんだかわからない大原さんとストブラの会話は、読んでいるだけで楽しいのだけれど、対して心がじわじわと熱を帯びていくのが表題作「夏の体温」だ。長期入院している小学3年生の瑛介が、低身長検査で短期入院した壮太と出会う物語。

 まわりに当たり散らすこともできず、しんどさを押し込めながら入院生活をやり過ごしている瑛介にとって、すぐに退院できる壮太のひょうきんさは羨ましい。けれど、病気じゃないから治ることはなく、ずっと背が低いままかもしれないわが身について壮太は「個性だ個性だ、って言われるけど、チビはしんどいぜー」とさらりと吐露する。

「同じだけ、不幸ってことにしよう」と明るくハイタッチする壮太の優しさにも、そんな壮太に出会って初めて自分の気持ちに蓋をせずに伝えることを選べるようになった瑛介の姿にも、胸を打たれる。

 中学1年生の国語教科書に掲載された「花曇りの向こう」もふくめ、登場人物たちが出会った相手と対等に手を差し伸べあえるのは、全員が自分の不幸を、痛みを、決して他人に責任転嫁しないからだ。自分がひとりぼっちなのは、自分のせい。だからこそどこにも出口の見えない孤独を、ほんの束の間わけあうことで救われる。誰もが誰かにとってそんな存在であれるなら、と願わずにはいられない。

文=立花もも

あわせて読みたい