突然大切な人が消えたとしたら…〈if〉の世界を描く青春恋愛ファンタジー『世界が青くなったら』

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/19

世界が青くなったら
『世界が青くなったら』(武田綾乃/文藝春秋)

 もし、朝目覚めた時、大切な人がこの世界から消えていたらどうしよう。何の痕跡も残さず、大切な人が消えたとしたら、あなたならどうするだろうか。

『世界が青くなったら』(武田綾乃/文藝春秋)は、そんな最悪の事態に見舞われた女子大生を巡る青春恋愛ファンタジー。累計170万部を突破した「響け!ユーフォニアム」シリーズや吉川英治文学新人賞を受賞した『愛されなくても別に』で知られる武田綾乃氏による最新作だ。この作品を読めば、誰もが大切な人のことを思わずにいられないだろう。それは恋人に限らない。今では会いたくても会えない人。それでも、もう一度会いたい人。そんな人のことが強く思い出されてしまうに違いない。

 主人公は、大学生の仲内佳奈、21歳。ある朝、佳奈が目を覚ますと、2年付き合っている恋人・坂橋亮が世界から姿を消していた。毎日連絡を取り合っていたはずなのに、スマホにやりとりの履歴は一切残されておらず、電話帳に登録しているはずの番号も消えている。いつも恋愛相談をしていた親友に聞いても「そんな人には会ったことがない」と言われてしまう始末。一体、何が起きているのか。佳奈は混乱しながらも、亮の手がかりを探し始める。

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 そして、たどり着くのが、絶対に会えないはずの人に会えるという奇妙な雑貨店だ。このお店は「並行世界」の交差点。今とは別の選択をした世界。その世界に存在する大切な人に会うことができるというのだ。だが、店長のミツルは、佳奈に対して「アンタが坂橋亮と再会する日は永遠に来ない」と告げる。なぜミツルはそんなことを言うのか。ミツルが何か事情を知っているに違いないと思った佳奈はこの店で働くことに。そして、そこでいくつもの奇跡を目の当たりにすることになる。

 昔、自分の小説に対してファンレターを送ってくれた人に会いたいという佳奈の親友。体が弱かった幼馴染に会いたいという中学生男子。恋人に会いたいという転職活動中の30代女性。亡くなった祖父に会いたいという会社員…。店を訪れる一人ひとりの姿を見ていると、つい、読者は別の選択肢を選んだ未来、〈if〉を思ってしまうことだろう。もしあの時、別の決断をしていたら今頃どうなっていたのか。そんな想像を広げながら、読み進めていけば、思いがけない展開にハラハラドキドキさせられ、登場人物たちの強い想いに心揺さぶられる。

 ミツルは言う。「人間が何かに執着しすぎると、世界そのものを歪ませる」のだと。このおかしな雑貨屋は、世界が狂わないように、そのガス抜きのために存在しているのだと。だが、執着することは誰にも止められないものではないだろうか。誰にだって忘れられない人がいる。忘れたくない人がいる。きっと執着とは愛と同義。店を訪れた人々の奇跡を目の当たりにした佳奈は亮への思いをますます募らせていくのだ。

 この本を読むと、現実世界にもこんな奇跡があるのではないかと信じたくなってしまう。人生は選択の積み重ねだが、きっと今の道に間違いはない。どんなに困難が待ち受けていても、自分を信じて突き進んだ先に必ず光が待ち受けているはずだ。この本は、希望の物語。あなたの心に静かな感動を与えてくれるに違いない1冊だ。

文=アサトーミナミ

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