上司に正しい敬語を使えてますか? 新書になって読みやすくなった社会人の必読書『「させていただく」の使い方』

文芸・カルチャー

更新日:2022/3/29

「させていただく」の使い方
『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』(椎名美智/KADOKAWA)

2021年、巷に溢れる言い回し「~させていただく」についての研究をまとめた『「させていただく」の語用論-人はなぜ使いたくなるのか』(椎名美智/ひつじ書房)を、このダ・ヴィンチWebでご紹介した。

 頻出する「させていただく」にモヤモヤしている人はかなり多かったようで、『「させていただく」の語用論』は、新聞やラジオ、ネットニュースなどあちこちで取り上げられ話題となった。しかし、いかんせん堅い学術書であったため、著者である椎名先生のもとには「新書を書いてほしい」という意見が多く寄せられたという。

 本を読んで考察の面白さに膝を打ちまくった私も「言葉を噛み砕き、新書のような読みやすい文章で再構成をして、多くの方に読んでもらえるようになるといいと思うのですが」とレビューを締めくくったのだが、そんな数多く寄せられた声をもとに、読みやすく、わかりやすく新書としてまとめられたのが『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』(椎名美智/KADOKAWA)だ。

 本書は「はじめに」でSMAPとV6のグループ解散発表のリリースを取り上げ、「解散させていただくことになりました」と表現したSMAPと、「解散します」としたV6を比べ、その文言を目にした一般大衆がどう感じ、「させていただく」という言葉がどんな影響を与えるのかという話から始まる。

 そして街中で見かける「させていただく」の写真をもとにした考察があり、「させていただく」がいつ、どんな場面でどう使われているのか、なぜこれほど多用されるようになったのか、どんな言葉が「させていただく」に変化してきたのかなどを次々と解き明かしていく(「させていただく」が爆発的に使われるようになったのは1990年代からだが、原因は現在研究中とのこと。有力な情報や自説のある方は、ぜひ発表してください!)。

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 続いては大規模調査から浮き彫りとなった、「させていただく」に対して違和感を抱く人が多いのに、どうしてあちこちで使われてしまうのかについてだ。文化庁の『敬語の指針』には「させていただく」の適切な使用条件として、自分側の行為を「相手側や第三者の許可を受けて行うこと」という“許可”と、「そのことで恩恵を受ける事実や気持ちがあること」を意味する“恩恵”があると書かれている。

 しかし「させていただく」という言葉は便利に使えるため、時代の流れの中で本来の意味を失い、いろんな動詞にくっついて使われるようになってしまったことで、“許可”と“恩恵”からの逸脱が増えてしまった。そこへ相手との適切な距離がある丁寧な言葉として使われるようになり、使う場面や相手を間違えると「その使い方はどうか?」と思われる厄介な存在になってしまったのだ。

 そして敬語には「敬意漸減の法則」があり、使い続けていると相手への敬意が減ってきてしまうという特徴もあるそうだ(言葉って厄介!)。「させていただく」も、敬意が足りないからもっと違う言い方を! と変化する流れの中から出てきた言葉であり、数年後には違う言葉に置き換わっている可能性があるという。そんな世界、見てみたいような、なんだかもっと面倒臭くなりそうな……

 NHKのアナウンサーが、作家へのインタビューで本を手に「読ませていただきました」と言ってしまうほど「させていただく」が頻出する現代。安易に使ってしまう人も、使われてイラッとする人も、じゃあどう言えばいいのよと悩む方も、本書のまとめとなる第五章「日本語コミュニケーションのゆくえ―自己愛的な敬語」をご一読いただき、「させていただくインフレ状態」について、いろいろと考えてみてもらいたい。

 それにしても「させていただく」はちょっと使われすぎではないか、と個人的には感じている。「聞かせて/見させて/読ませていただきました」などと長ったらしく言うよりも、謙譲語の「拝聴/拝見/拝読しました」と短く言ったほうが楽じゃないかなぁと思うのですが……皆さんはいかがお考えでしょうか?

文=成田全(ナリタタモツ)

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