ヨシタケシンスケ流「けれど」の呪文で良い方に目を向ける! 最新絵本『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』

文芸・カルチャー

更新日:2022/4/18

 大学受験のとき、国語の先生から「逆接のあとに何が書かれているかをチェックしなさい。そこに必ず、著者が本当に言いたいことが書いてあるから」と教えてもらった。だけど世の中、逆接の使い方をまちがえて、本当に言いたいことを押し殺してしまっている人も、多いような気がする。ヨシタケシンスケさんの最新絵本『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』(白泉社)は、そんな人たちに、正しい逆接の使い方を教えてくれる一冊だ。

かみはこんなにくちゃくちゃだけど
かみはこんなにくちゃくちゃだけど

「いつか歌手になりたいの、かみはこんなにくちゃくちゃだけど」。そう夢を見るひとりの女の子の見開きから始まる本作。続くページにはたくさんの「けれど」が詰まっている。

「とってもステキな友達ができたの、その場所でめざしていたことは形にならなかったけれど」。「きれいなものがなにかだんだんわかってきたの、片方の目は見えなくなってしまったけれど」「ほしいものが手に入ったの、第一希望じゃないけれど」。それは、一見、とてもネガティブに見える。だが読み進めていくと、それこそがヨシタケさんらしい発想の転換マジックの仕掛けなのだということがわかっていく。

かみはこんなにくちゃくちゃだけど
かみはこんなにくちゃくちゃだけど

 否定は、強い。10のうち9を褒められても、1の否定のほうが強く心に残って、自分はだめだと思い込んでしまうのが人間というもの。これでは、手に入れたもののよさはかき消えて、現実はしょぼくれたものばかりに思えてしまう。では、「けれど」の前後をひっくり返してみたら、どうなるだろう。めざしたことは形にならなかったけど、ステキな友達ができた。片方の目は見えなくなってしまったけど、きれいなものがだんだんわかってきた。第一希望じゃないけど、ほしいものは手に入った。ポジティブとネガティブの両面を見つめているのは同じだけれど、印象はまるで違うはずだ。

 他人に対するまなざしも、そうだ。友達や恋人、家族に対して「優しいけど、優柔不断なんだよね」とか「一緒にいると落ち着くけど、のんびりしすぎてイライラするんだよね」とネガティブなほうを後ろに持ってくると、その人の魅力が消えてしまう。これも全部、逆にしてしまったほうが、自分にとっても相手にとっても、気分がよくなって、おトクだ。読み進めていくうちに「そうだ、現実は変わらなくても、“けれど”を自分でひっくりかえしてしまえばいいんだ」ということを、ヨシタケさんは教えてくれるのだ。

 ヨシタケさんは「めざしたものが手に入らなくてもいいじゃない」「失ってはじめてわかるものがある」「大事な人に第一も第二もないよ」みたいなことは、決して言わない。ネガティブな現実や感情を、なかったことにもしない。

「それはつらいよね~」「そう思っちゃうのはしょうがないよね~」と受け止めながら、それはそれとして「でもこういういいこともあったよね~」とポジティブな光を当ててくれる。だから、ヨシタケさんの絵本を読んだ私たちは、ふとした瞬間「そうだ、逆にしてみよう」と素直に実践してみることができる。そして、ネガティブからポジティブにほんの少し心をスライドさせることができるのだ。

 ヨシタケさんの言葉遊びは、誰にでも使える、小さな魔法。「けれど」の呪文でぜひ日常に光を当ててほしい。

文=立花もも

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