知識と教養の礎となる藤原正彦の講義録

公開日:2012/11/4

名著講義

ハード : PC 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:趣味・実用・カルチャー 購入元:電子書店パピレス
著者名:藤原正彦 価格:620円

※最新の価格はストアでご確認ください。

インターネットに出会ったお陰で、本来的には出会わなくて済んだかもしれない情報や知識やそれを有した教養ある人々に(一方的に)出会うことになった。そして感じるのである。「自分は何も知らない」と。

advertisement

これは結構、絶望に近いものがある。初めて足を踏み入れた大学の図書館で、一生かかっても読み切れない蔵書の数を目の当たりにして抱いた虚しい感情にも似ている。この感覚をどれほどの人と共有できるかは分からないが、この絶望から逃れるために本を読むのだと思う。好奇心とは正反対、追い詰められた強迫観念だ。とはいえ、そんなに悲壮感が漂うものではなく、おもしろいのだけど。と、この『名著講義』を読んでいて、なぜか自分自身のことを考えてしまった。

『名著講義』は、ベストセラー『国家の品格』で知られる数学者藤原正彦が、お茶の水女子大学で行っていた読書ゼミの講義録である。

ゼミは同大の新入生を対象にした20名ほどの授業で、藤原が指定した文庫を毎週1冊ずつ読み、翌週に作品に関するレポートを提出する。その上で授業では藤原、学生たちがディスカッションを行うというシステムだ。ゼミへの参加条件は「毎週1冊の文庫を読む根性」と「毎週1冊の文庫を買う財力」の2点。毎週1冊とはかなりハードルが高そうだが、ほぼ毎年応募者が定員をオーバーし、受講者は抽選になるという人気ぶりだったらしい。

取り上げられる作品は、
・『武士道』(新渡戸稲造)
・『余は如何にして基督信徒となりし乎』(内村鑑三)
・『学問のすすめ』(福沢諭吉)
・『忘れられた日本人』(宮本常一)
・『東京に暮す』(キャサリン・サンソム)
など、明治から昭和前期までに書かれた「名著」だ。

曰く「ゼミをほんの数回しただけで学生達はみるみる変わって行く。昔の人は無知蒙昧、自分達現代人が当然ながら歴史上で一番偉い、と信じていた学生達の多くが、江戸や明治の人々は人間として自分達よりはるかに上だった、もしかしたら自分達は史上最低かもしれない、と思うようになるのである」。これは極端な言い方だとしても、若い学生達が名著を通じて歴史や先人たちへの誤解を認め、認識を変化させていく様は実に興味深い。

そして、学生たちの考えの深さにも驚いた。知らないことを知り、それを乗り越えていくなかで身についていく知識と教養の礎がこのゼミにはあるし、本書はそのおこぼれに預かれる貴重な機会なのである。学生時代にこんなゼミに出会えていればと残念な思いに駆られつつ、未読だった作品は近いうちに必ず読もうと心に誓うのだった。


目次その1

目次その2

各作品の講義録の後には藤原自身の感想が述べられている

毎年講義の第1回は新渡戸稲造の『武士道』

本書の最終章として、藤原が2009年に行ったお茶の水女子大学での最終講義が収められている