「今月のプラチナ本」は、永井みみ『ミシンと金魚』

今月のプラチナ本

公開日:2022/4/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『ミシンと金魚』

●あらすじ●

認知症を患う安田カケイは「みっちゃん」たちに世話をしてもらいながら“今”を生きている。母を早くに亡くし、継母からは暴力を振るわれ、夫は子どもを置いて蒸発。ミシンを踏んで生計を立てる苦しい日々の中、娘の誕生という幸せが訪れるが――。その混濁した意識と記憶から生まれる、独特のリズムを持つ圧倒的な“語り”を通じて、その一生が浮かび上がってゆく。そして、ラストシーンに刮目。

ながい・みみ●1965年、神奈川県生まれ。約20年前に長編を書き始めたが、デビューに至らず活動を中断。2年前、旧知のマンガ家・夏目けいじ氏の死をきっかけに、一念発起して執筆を再開。ケアマネージャーをしながら書いた「ミシンと金魚」で、2021年、第45回すばる文学賞受賞。

『ミシンと金魚』

永井みみ
集英社 1540円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

生きてこの小説と出会えたことに感謝

人生はそう易易と変えられるものではないだろうが、本書を読んだことで私の心臓のあたりに一つ、たしかな補助線が加わった感覚がある。老いて死へ近づくことが怖くなってきて、それはやっぱりわからないからだ。大人になった自分が祖父母に語りかけても、それは孫としての対話であって、役割を超えることに躊躇があった。それでも自分が愛する人たちに、こうした語りはたしかに存在するはず。少しでも気になった人は、是非読むべきだ。そう断言するほど、すごい小説が誕生している。

川戸崇央 本誌編集長。川上未映子さんの帯文がすべて、と言いたいところでしたが、こういう場なので。「すばる文学賞」に関わる皆さんに心から感謝します。

 

枕元において毎日読んでます(マジ)

すごいものを読んだ。まだ動揺している。生まれたが最後、やがて老いていずれ死ぬというルールから目を逸らしたくて小説を読んでいる節があるが、それが思わぬやり方で救われたような気持ちだ。まぎれもなくカケイさんの話なのに、私の、母の、祖母の、そのまた祖母の話でもあるようにも思えてくる、不思議で、本当にすばらしい体験。いちばん痺れたのが「かあちゃん。と、呼ぶ。呼んだのに、呼ばれたような、きもちんなる」のところ。こんなきもちになれるところまで、生きて死にたい。

西條弓子 「あの女医は、外国で泣いたおんなだ」という一文で始まるのも相当にかっこいい。こういう悪態がつけるおばあさんになりたいものです(?)。

 

老いて忘れるというのは、こういうことか

祖母は認知症を患い施設に入所し、病院で亡くなった。たまに施設に会いに行くと、社会人の私が中学生に見えるらしい。そんな祖母を見つめながら、自分もいつかこうなるのだろうか? どんな気持ちなのだろう? それを度々想像していた。今作は“祖母側の物語”として、感情移入し読めるのが凄い。記憶が途切れ途切れで曖昧で、過去が混ざる。老いて忘れるということは、こうなのか。そうやって生きて、死に向かうのか。大好きな皺くちゃの手を思い出す。全人類が読めばいいのにと思う。

村井有紀子 母が施設経営をしており介護の現場がずっとそばにあったからか、感動しっぱなしでした。著者の永井さんに「書いてくれて感謝です」と言いたい!

 

また、10年後に読み直してみたい一冊

ひらがなが多く混じった独特の文体に惹きつけられる。過去なのか現在なのか、悲しみなのか淡々としているのか不思議な感覚。語られる出来事は過酷だが、その語り口はどこかポップさもあり。認知症のカケイさんの頭の中をのぞくとこんな感じなのだろうか。老いや衰えって怖いと漠然と怯えることは多々あるが、年齢を重ねると、きっと膨大な記憶が容赦なくそぎ落とされるのだろう。そのときに〈しあわせ〉だと思える出来事が残っているといいな。また、10年後に読み直したい一冊。

久保田朝子 BL特集を担当しました。豊田悠先生に表紙と連動したイラストを描き下ろしていただきました。安達と黒沢の温かな関係性が凝縮された1枚です。

 

ひとりの人間の人生に触れて

本書で驚くのは、カケイさんの語りをそのまま書き起こしたのではないかと思うような文章だ。カケイさんの記憶はところどころ抜け落ちていて、読み手はページをめくりながら、一緒に新しい事実を知っていく。まるで私の目の前にカケイさんが現れ、直接お話を聞いているかのような心地になった。カケイさんはどんな時でもミシンを踏み続けた。いつか自分が老いたとき、記憶に残るのはどんな姿だろうか。カケイさんの人生は、この本を通じてこれからも私の中で生き続けていく。

細田真里衣 一万円ほどで購入した、お気に入りのミニプリンターが故障。修理しようと思ったら、修理代も一万円とのこと。買うか、直すか。悩みます……。

 

生きるとは老いること

認知症を患うカケイさんの日常がとてもリアルだ。ヘルパーの“みっちゃん”たちとの会話、病院でのやりとり、家族との関係、零れ落ちていく記憶と決して忘れられない過去……。些細な出来事の一つ一つが私たちに“老い”の一端を体感させ、彼女の語りを通して、生きるとは老いることだという事実に改めて気づかされる。私はどのように老いていくのだろう、周囲の人々の老いをどのように見つめるのだろうか。これからも向き合い続ける“老い”を考えずにはいられなかった。

前田 萌 実家の愛犬になかなか会えず寂しいです。過去に撮影した愛犬の動画を見て寂しさを紛らわす日々。次に会うときにはたくさん遊びたいと思います。

 

ひとり分の人生を読書で追体験

思うように動かない身体と、ある記憶がすっぽりと抜けている感覚。語り手である認知症を患ったカケイさんと、私たち読者の境界線が曖昧になる読書体験に驚かされた。デイサービスの“みっちゃん”が言った「カケイさんの人生は、しあわせでしたか?」 という一言をきっかけに、彼女自身が生きてきた人生にゆっくりと向き合っていく。その壮絶な人生とは裏腹に、静かに訥々と当時の痛みや後悔が語られる姿に、ここまで一生を歩んできた彼女の軌跡の長さを感じずにはいられないのだ。

笹渕りり子 料理をしつつ酒を飲むのが好き。最近はそれに加えてNetflixの『トークサバイバー!』を見ています。酔って笑って料理して、台所は愉快です。

 

凄まじい読書体験

これを、カケイさんじゃない人が書いているというのが、信じられない。独特で不安定なリズムを持った一人称の語りは圧倒的にリアルで、今まさに彼女が見聞きしたすべても、生涯の追想も、そのまま一緒に体感しているようだ。そんな状態で読み進めるから、みっちゃんのことも、広瀬のばーさんのことも、我が事のように胸が痛み、腹が立ち、愕然とする。そして最期に彼女が見る光景には、言葉を失くす。手放しで幸せな話じゃない。じゃあ、読後に広がるこのあたたかい感情は、なんだろう。

三条 凪 90歳の祖母も裁縫の仕事をしていた。母のウェディングドレスは祖母の手製だ。何度も聞いてきたはずの祖母の語り、今、何度でも聞いておかなければ。

 

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