今月のプラチナ本 2012年12月号『佐渡の三人』 長嶋 有

今月のプラチナ本

公開日:2012/11/6

佐渡の三人

ハード : 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:長嶋有 価格:1,620円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『佐渡の三人』

●あらすじ●

祖父母の家の隣に住んでいた親戚の「おばちゃん」が亡くなった。おばちゃんの夫である大叔父の代わりにお骨を一族のお墓に納骨するため、物書きの「私」は、祖父母の家に住むひきこもりの弟と、弟と離れて暮らしていた古道具屋の父とともに、お墓のある佐渡へ納骨の旅に出ることになった。初めての親子3人での家族旅行は、あぶなっかしくもあり、連帯感もあり、旅は最初から迷走気味で……。表題作「佐渡の三人」に始まり、「戒名」「スリーナインで大往生」「旅人」と、一族の佐渡への「納骨」の旅を描く、長嶋有の連作小説!

ながしま・ゆう●1972年、埼玉県生まれ。東洋大学2部文学部国文学科卒業。2001年に『サイドカーに犬』で第92回文學界新人賞を受賞し、デビュー。02年『猛スピードで母は』で第126回芥川賞、07年『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞を受賞。「ブルボン小林」名義でも活躍している。ほかの著書に『ジャージの二人』『パラレル』『泣かない女はいない』『ぼくは落ち着きがない』『電化文学列伝』『ねたあとに』『祝福』『長嶋有漫画化計画』『フキンシンちゃん』などがある。

講談社 1575円
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

骨壷が並ぶ図って面白いな

語り手である「私」は思う。「骨壷が並ぶ図って面白いな。面白がってはいけないのだが」。多くの物語は喜劇と悲劇に分かれているが、現実の生活はその二つが重なり合っている。人が死に、弔われていく過程にも、生きている家族には笑える瞬間が必要だ。そのために本作の家族は「ウケる」ということをしてきている。病気になったり家族を失ったり介護をしたりされたり、「そのどれもに有効な手をうてずに、その代わりに『ウケる』ということをする」。「有効な手」をうち続けるのは大変だ。どれだけ金を払えるかで決まってしまう問題も多い。では家族全員がバリバリかせぎ続ける家に生まれたいか、と問われると、それはなんだか怖い、と思う。有能な人をチョイスして揃えるのではなく、出来ることも出来ないこともある人間が集まって“しまった”のが家族。そんな集団が日々の生活と問題を受け入れていくために、本作が示す「ウケる」視点が大きな意味を持つ。

関口靖彦本誌編集長。高山なおみさんの連載「はなべろ読書記」の準備のために読んだ、戌井昭人さんの家族小説『松竹梅』にも、通じるものを感じました

笑いながらも大真面目に。

「ご霊前、じゃないしな」「寸志、なわけないし」……「納骨料って、十万円も出すものなの?」。リアルなこのやりとり。笑いながらも、我が家でも「あるある」的に頷いてしまった読者も多いことだろう。人生の中で儀式めいたものは何回もあるけれど、それに相対したときに、その人の常識や価値観みたいなものが如実に現れて可笑しい。かつて『お葬式』という名作映画では儀式を儀式としてつつがなく執り行おうとする中での笑いやアイロニーが描かれていたが、本作では儀式そのものに重みはない。とはいえ、儀礼と愛情は区別する大叔父のスタンスと儀礼を重んじる祖母の間で、語り手である道子の心も揺れる。これからどんどん高齢者が死んでいく。弔いの意識やコスト感覚も変わっていくだろう。長嶋さんはユニクロの袋などの小道具でコメディのようにデフォルメして楽しませてくれるが、私にはとってもリアルな話で、笑いながらも真面目に読んだ。

稲子美砂「納骨」という儀式に参加したことがなかった。骨壷に入れたまま納めるのだと思っていたが、本作の中では違ったやり方で。地方によっていろいろあるんですね

家族って少しヘンなほうが幸せ

私は佐渡に取材で何度か行ったことがある。佐渡といえば、トキが死に、天皇が流され、雪が降って寒く、金山の過酷な労働、拉致……と、むごい歴史が思い浮かぶけれど、江戸時代から続いた北前船がもたらす財と、日本海の豊かな大自然の恩恵もあり、今も昔も素晴らしい観光地なのだ。そこに珍道中の娘と息子と父。いつもはばらばらな3人だけど、葬式や家族の死となると、とりあえずまとまらねばならない。それぞれキャラは違うもんだし、葬式だからってみんながいがみ合うわけでもない。長嶋さんが描く家族は、家族とは、みたいな大上段なところなく、妙に間が抜けているけれど、ひとつひとつのキャラ描写がリアルで、それこそが家族なんだろうなと思わせる。血がつながっているって、どっかが似ていて、あとはぜんぜん似ていないけど、まぁ、許す、みたいな。それが家族の幸せというものなのかもしれないなと読んでいて思った。

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家族をユーモアたっぷりに活写

「仕方ないのが家族です。」この帯のコピーが秀逸。まさに家族ってそうだ。突き詰めれば、仕事、恋人、友達、どんな関係にもいえることかもしれないが、なかでも家族ほど仕方ないものはないだろう。家族、親戚という人間関係のめんどくささと滑稽さ、しがらみと愛おしさを描いた本作。彼らの飄々としたやりとりに、何度も吹き出してしまった。「脱力してみえますが、実は最高傑作です!」という長嶋有さんのコメントにも納得! 彼ら家族にも決して問題がないわけじゃない。どんな家族にも問題はあるだろうが、うちの家族も、どこの家族も、きっと外から見たらこんな風に飄々と滑稽に見えていたりするんだろう。この先、家族や親戚のしがらみにうんざりするようなことがあったとき、彼ら家族を思い出したい。余談ですが、彼らが動いているところが観たいです。ぜひどなたか映画化していただき、伊丹十三監督の『お葬式』に次ぐ傑作に仕上げてください!

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人はいつも物語のように

道子さん一家は、仲が悪いわけではなくどちらかといえば良い。佐渡へ向かう3人の道中には大きな感動も事件もない。ただ、そこには思い出が詰まっている。宿に着くなりそんきょの姿勢でテレビのリモコンを操る弟、よそよそしい言葉遣いでメールを送信する父、祖父の死に対峙した親戚一同の行動だって、それが当然な気もする。そんなものだ、と。本来なら人に報告するまでもない、瑣末な一挙一動をつぶさにすくい上げる著者の視線により、人々は物語になってゆく。

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人生は大変だけど面白い

主人公の物書きの道子、意外と常識人のひきこもりの弟、あまりにもマイペースすぎる父・ヤツオ。この一見ばらばらな3人の珍道中は、家族だからこそ見せられるユルさや本音が満載。人間味あふれる彼らの行動には、とにかく笑わせてもらいました。と同時に、介護や死といった現実問題を前向きに導いてくれるヒントがあったり、家族についてしみじみと考えさせられたり……。人生は大変でヘンの連続だけど、だから面白い。そんな元気をもらった一冊でした。

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ほどよい脱力感が逆に安心

介護の必要な祖父母にひきこもりの弟。暗くなりがちな設定なのに、道子の親族はなんだかおもしろい。親戚のおばちゃんの「納骨」に行くのに、お骨はユニクロの袋に入れられているし、99歳9カ月で亡くなった祖父について「惜しい!」「スリーナインだ」とネタにするし。ただ「納骨」の前には、当たり前だけど日々衰えていく祖父母を見るつらさや介護の過酷さがあったはず。それを乗り越えたうえでの、この脱力感は、日常に満ち満ちていて、安心させられた。

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確かに脱力してみえて最高傑作

題字(荒木経惟!)と質感に惚れ即購入、帯の「脱力してみえますが、実は最高傑作!」の通りでホクホク。「思う」という糸を引っ張ること、重なってみえることと混ざることの差、あぁと思う箇所がありすぎてページの耳を折りまくってしまった。死ぬこと生きることについて、「私」の実感についての箇所は、しみじみとした大波。納骨というイベント(と言っていいだろう)で、厳粛にもなりきれず、めいめいが別個でそれでも確かに家族であるおもしろさが堪らなかった。

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旅先の夜のビミョーな距離感

家族の死、葬式、納骨。重くなりそうな単語のオンパレードだが、この小説は滅茶苦茶笑える。登場人物の言動はいちいちずれていて、それを切り取る私(=狂言回し)の視点が生っぽくて(物語りながら飴を食べるなんて面白すぎる)読ませる。例えるなら久しぶりの親との旅行。日中、観光地を巡って旅館に着き、ひとっ風呂浴びて夕飯を食べ終えると布団がやたらと余所余所しい……そんな旅先の夜の微妙な距離感を濃縮したような、何度も読み返すであろう小説。

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家族は優しさで出来ている

ある一家の、佐渡への「納骨」の旅を描く連作小説。骨壷をユニクロの袋に入れたり、納骨料を慌てて包んだり、脱力系の家族にほっこり。けれどこの家族は、冗談めかすことで何かを相対化する「ウケる」という動作を同時に行う。同時に「ウケる」ことで、決してその場を悲しい時間にはしないのだ。納骨の旅から伝わってくるのは、家族間の気遣い、絆、思いやり。そう言えば祖母の葬式で父はずっとボケ倒していた。きっとどの家族も、優しさの上で成立している。

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そうシリアスになりきれない

各短編は佐渡をルーツとする一族の死と密接に結びついている。だけど、強烈に感じるのは脱力感だ。一族の言動は極端でユーモラス。本書で死は深刻なものではなく自然な〝流れ〞。骨壺をユニクロの袋で包んだり、戒名に吹き出しを入れようとしたりと不謹慎な悪ふざけが続く。ただ、この感覚に覚えはある。よく考えれば、葬式の時間半分くらいはたいてい笑って過ごしていないだろうか。本書は、死は寂しいけど、皆と分かち合えば温くもあると示している(はず)。

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