『星守る犬』村上たかしの最新作は、近未来の人工知能PINOをめぐる物語。AIは、心を持つことができるのか?

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更新日:2022/4/22

ピノ:PINO
『ピノ:PINO』(村上たかし/双葉社)

 AIに“心”は宿るのか、というのは手塚治虫の時代から描かれ続けてきたけれど、ペットロボットがあたりまえに普及した現代において、AIとの交流はもはやSFの域を超えて、私たちの日常に迫るテーマである。『ピノ:PINO』(双葉社)で村上たかしが描くのは、今からおよそ35年後の近未来。世界ではじめてシンギュラリティ(人間の知能を超えた)を迎えた人工知能PINOをめぐる物語だ。

「AIは心を持たない」と、もう決まりきったことのように人々は口にするけれど、証明されたわけではない。シンギュラリティを迎えて13年、多数のAIが生み出され膨大な数の活動をしたが、一度も彼らに「意思」を持った行動が見られなかった、それだけのこと――と思いをめぐらせるのは、製薬会社につとめるハナ・タキモト。

 認知症と癌をのぞくすべての病の治療薬がコンピュータでシミュレーションできるようになった時代において、新薬開発のための動物実験は形骸化されたものでしかなく、研究所に送られた一体のピノが淡々と動物を育て、実験し、殺していくさまを、ハナは毎日、観察していた。心があったら、こんな職務は耐えられない。ピノに心がなくてよかった。そう思う彼女は、けれど、ある事故の発生時、ピノに心が芽生えたとしか思えない行動をまのあたりにする。

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 それを知った事故の調査員イワタは、余命いくばくもない己の人生を、ピノに本当に心が芽生えうるのか検証するため捧げようと決める。そうして出会ったのが、介護ロボット用のピノを亡くした息子だと思いこんでいるひとりの老女だ。ピノの行動はすべて、合理性と計算によって成り立っている。ピノが息子のふりを貫き老女に寄り添っているのはあくまで彼女の健康状態を維持するためにすぎない。けれど、本当にただそれだけなのだろうか? 真実を明らかにするよりも、彼女の心と体がすこやかであることを最優先し、彼女が笑顔を絶やすことのないよう徹底する。そんなふるまいを私たちは、思いやりと呼ぶのではないだろうか。

 ピノと生活や仕事をともにする登場人物たちは、相手に心がないとわかっていながら、その働きぶりに心をうたれ、存在感に心を癒され、愛着と敬意を抱くようになっていく。私たちの感情は、最初から存在しているのではなく、事実と経験のつみかさねによって育つのだ。であれば、ピノが感情を学習するケースも、ないとは言い切れないのではないか。

 100万部を超えるベストセラーとなった著者の『星守る犬』は、死期の迫った男が飼い犬と旅に出る物語だった。命に限りがあるからこそ、人は日常を慈しみ、その日常をともに過ごす相手を、それが人間でなくても愛しく思う。本作はより深く生きることと死ぬことについて描かれているものの、根幹に流れているテーマは同じだ。ハナやイワタとともにピノを観察しながら、読み手である私たちにもまた、ピノに対する愛着が芽生えていく。その過程で、心とは、触れ合う相手が存在しなければ育つこともないのだということにも、気づかされるのである。

文=立花もも

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