『あさひなぐ』の作者・こざき亜衣の新境地! イングランド王家をめぐる歴史群像コミック『セシルの女王』

マンガ

公開日:2022/4/18

セシルの女王
『セシルの女王』(こざき亜衣/小学館)

 16世紀イングランド・チューダー朝時代を描いた歴史漫画『セシルの女王』(こざき亜衣/小学館)1巻が発売された。

 本作はチューダー朝第5代にして最後の大君主、エリザベス1世に仕えることになるウィリアム・セシルを中心に描かれる。当時繁栄を極めたスペインの無敵艦隊に勝利したエリザベス女王といえば、英国王室に詳しくなくてもその名を聞いたことがあるのではないだろうか。

 物語は単に史実をなぞっていくだけではない。宮廷の周辺にいる登場人物たちにじっくりとピントを合わせて描かれていく。王も臣下もすべての人々が、それぞれの志と情熱をもって“今”やるべきことをやろうとしている姿を見ると。彼らの思いと放つ熱量にぐっと気持ちをつかまれるだろう。

 本書のオビには、フランス革命を描いた『ベルサイユのばら』の作者・池田理代子氏が、自身の作品から50年の今、女性漫画家による歴史漫画の登場に心を躍らせているとコメントを寄せている。読めばワクワクが止まらない、そんな本作のストーリーを紹介していく。


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小国だったイングランドに生まれた少年と、未来の女王

 時は1533年、イングランドが“大英帝国”となるずっと昔。国王の衣装担当宮内官である父親とともに、12歳のウィリアム・セシルは城へ向かった。彼はそこで、当時イングランドを統べる王・ヘンリー8世と出会い、王妃の名前を間違えて挨拶するという失態を犯す。そこで王はセシルの首を絞め、父を多くの人が見ている前で殴り倒した。父は顔を血まみれにしても、笑顔で「宮廷に仕えるなら血に慣れろ」と彼に言う。

 傍若無人さしか感じない王と、父と自分が暴力をふるわれて笑っていられる宮廷の人々に対してセシルは失望していた。王や宮廷に憧れていた少年は一瞬落ち込む。だがすぐにやる気を回復する。なぜなら王妃のアン・ブーリンと出会ったからだ。

 アンは気取ったところがなく、セシルを気に入る。後に王妃は侍女のジェーン・シーモアに頼んで彼を部屋に呼ぶようになり、ふたりはメイズオブオナー(焼き菓子)を食べながら、おしゃべりをするような仲になるのだ。

 懐妊していたアンはセシルに「王は死ぬ、大人になったあなたが将来仕えることになる王はこの子」と言う。しかし男児だと期待されてエドワードと名付けられる予定だったその子は結果、女児であった。それでもセシルはエリザベスと名付けられた彼女に、忠誠を誓う――。

宮廷という魔窟で変わっていく少年と王妃の生き様

 1巻ではエリザベスが生まれる前の世界が描かれている。その中心にいるのは将来の忠臣であるセシルと王妃・アンだ。セシルは優しくまっすぐな性格。華やかで賑やかだけど、誰もが皆、本心を明かさずにいる宮廷で、アンに優しくされた彼は、王妃とお腹の子を守ると心を決める。幼く拙い小さなセシルを、アンはこう評する。

純粋で、優しくて、無力で、一所懸命。
今だけだわ。男はいつかみんな必ず獣に変わってしまうもの。

 図らずもセシルは、アンとその子を守るために変わっていく。白と黒、善と悪、物事は立場によって見え方が違うことを理解できるようになる。力をもたなかった少年は、やがて“女王”を支え、国を治める男になるのだ。その時まで、彼が宮廷という魔窟でどんな経験をするのか、どうやって成長していくのかが見どころだ。

 そしてアン。彼女は家族に命じられ、嫌々ながらヘンリー8世の最初の妻であるキャサリン・オブ・アラゴンの侍女になる。宮廷で王に見初められると、アンはどうするべきか考えた。

 相手は君主だ。拒絶することはできない。では、きょうだいであるメアリー・ブーリンのように愛人になるのか。なんの責任もない単なる愛人になったメアリーは、飽きられて捨てられた。他の道は? そこでアンは気づく。逃れようがない、命を賭した勝負に巻き込まれているのだと。

 アンはクイーンへの道を進むと“自分の意志で”決めた。男児を生めなかったキャサリン王妃に代わって、自分が次の王を出産するとヘンリー8世に告げるのだ。もともと気が強かったアンだが、宮廷で追い詰められて、王妃の座を奪う女に変わらざるをえなかったのだ。すれていないセシルと出会った時、アンは何を思ったのだろうか。

 セシルとアンと未来の女王が命を燃やして生きたこの時代は、まだちっぽけな島国だったイングランドが周辺の強国と渡り合って、巨大な帝国になっていく過程である。彼らの運命と、これから待ち受ける壮大な歴史ドラマをぜひ見届けてほしい。

文=古林恭

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