時空を超えて物語が錯綜する、角田光代『タラント』。海外ボランティア活動に従事する主人公の行く末、義足の祖父の過去とは?

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/23

タラント
『タラント』(角田光代/中央公論新社)

 全3巻に及ぶ『源氏物語』の新訳という畢生の大業を成し遂げたばかりの、小説家・角田光代氏。彼女の最新小説『タラント』(中央公論新社)は、『読売新聞』での連載をもとにした442ページに及ぶ大部である。

 主人公のみのりは香川生まれで、18歳で東京の大学に通うために上京。大学時代は紛争地や貧困地域でボランティア活動を行うサークルに属し、ネパール、インド、ヨルダンなど、異国の地で様々な気づきを得る。みのりが、のちにジャーナリストになる玲、カメラマンになる翔太、NGO職員になるムーミンなどと出会ったのもその頃だ。みのりは、大学卒業後にも東日本大震災の支援ボランティアに志願して参加している。

 だが、どの地域でも自分の活動が単なる自己満足ではないのか、という猜疑心を抱かずにはいられない。善意や正義感が空回りしている、とでも言えばいいだろうか。震災の被災地でサークルのメンバーが集合写真を撮ったところ、〈人の不幸をあんたたちの思い出作りに使うなよ〉と中年男性に一喝される場面が象徴的である。

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 また、玲と翔太は偶然同じ時期に取材でヨルダンを訪れた際、スパイ容疑を受けて身柄を拘束された。ふたりは帰国後にバッシングを浴び、危険な目に遭ったのは「自己責任」だと批判される。話のベースになったのは、04年にイラクで起きた日本人人質事件だろう。イラクのファルージャ近郊で、日本人ジャーナリストやカメラマンの3名が、現地の武装勢力に拘束されたのを覚えている方もいるはずだ。

 日本人人質事件については使命感と現実を履き違えたものであり、ヒロイズムや自己満足を優先させた行動だったとする向きも多かったが、小説内でもそうした風潮が反映されている。この辺の事情は、速水健朗氏の『自分探しが止まらない』(SBクリエイティブ)に詳しいが、バックパックひとつで海外を放浪する若者の旅は「自分探し」という意味合いも色濃くあった。

 そして、物語はみのりの周辺にとどまらず、様々な方面に波紋を広げていく。不登校になった甥の陸と、九十過ぎの祖父・清美がキーパーソンとなって物語が動き出す。清美は戦争の際に従軍した経験があり、その際に片足を失っている。今は義足を使うこともあるが、そのことについて多くを語ろうとしない。

 だが、みのりは清美の部屋で「涼花」という女性から届いたらしき手紙を発見する。陸が探りを入れると、その女性がパラリンピックの走り高跳び選手だったことが分かる。若いアスリートと老人にどんな特別な関係があったのかは、ここでは伏せておこう。

 義足の話は思わぬ方向に転がっていく。パラリンピックの選考を兼ねる陸上大会に陸と清美、みのりが出向き、義足というハンディキャップを感じさせないアクティブな動きに感激する。それが契機となりみのりは義足に関わる仕事がしたい、と決断するに至る。

 義足の性能が加速度的に進化していることは筆者も知っていたが、本作にはその日進月歩ぶりが実にリアルに描かれている。巻末に角田氏が参考にした書籍のリストが列挙されているが、その多くがパラ関係のものだ。以前テレビ番組で、50歳の義足の男性が健常者の友達に、「50歳になってお前の足はこれから衰えていくだろうが、おれの義足はどんどん改良されて、進化するぜ」と断言するシーンがあったのを連想した。

 ちなみに、2022年3月2日の『朝日新聞』に掲載された角田氏へのインタビューによれば、今作では「登場人物の声が聞こえてきた」と述べ、下記のように語っている。

「よく(作家で)登場人物が勝手に動き出す、と話す人がいる。そんなことはないだろう、と信じていなかったけれど、今回、登場人物が声を持っていて、何かを言おうとしていることに気づいてしまった」

 清美の第二次大戦中の逸話から、2020年に開催予定だったオリンピック、パラリンピックまで、時空を超えて物語が錯綜する本作。443ページという大部ながら、最後までまったく飽きさせないのは、登場人物たちが活き活きしており、皆キャラが立っているからだろう。ストーリーと同等、あるいはそれ以上にキャラが魅力的な本作は、角田作品の読者にも新鮮な一冊ではないだろうか。

文=土佐有明

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