「百舌」シリーズ完結作、待望の文庫化! かつての政界のドンの殺害を発端に起きる物語。前作までの伏線回収も必見

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/20

百舌落とし
百舌落とし』(逢坂剛/集英社)

 逢坂剛の代表作である「百舌」シリーズが、『百舌落とし』(集英社)にて完結したのは2019年のこと。

 1作目となる『百舌の叫ぶ夜』が1986年、シリーズ全体の前日譚である『裏切りの日日』に至っては1981年に発表されている。つまり38年もの歳月をかけてひとつのサーガが紡がれたのだ。

 思えば、本シリーズは常に時代と共にありつつ、先端をも見据えていた。

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『百舌の叫ぶ夜』は爆弾テロや猟奇殺人など派手な事件を前面に出しながら、底には公安警察の闇や児童虐待、ジェンダー・アイデンティティ・クライシスなど、今を先取りするようなテーマが織り込まれている。さらに、2作3作と回を重ねるごとに、時事問題を巧みに取り入れつつ、邪悪な欲望を満たすため謀略を企てる異常者や権力亡者たちの存在を仄めかしてきた。

 本シリーズの登場人物たち――前半の主人公格であった公安警察の倉木尚武、同じく警察官で、シリーズを通して事件に巻き込まれていく倉木美希(初登場時は明星美希)、そして大杉良太は、彼らに命がけで立ち向かっていく。

 その壮絶な戦いぶりに魅せられた読者が長きにわたってシリーズを支えてきたのは言うまでもないが、やはり前作『墓標なき街』の“あのラスト”を見せられた以上は、次回作ではなんらかの解決を、と望んだことだろう。

『百舌落とし』はその期待に応えるべく発表された作品だった、といえる。

 今回の物語は、かつて政界のドンだった老人・茂田井滋の殺害が発端となる。

 茂田井老は首筋を千枚通しで貫かれていた。凶器に千枚通しを使うのは殺し屋「百舌」の手口だ。だが、死体はさらに猟奇的だった。両目のまぶたの上下を縫い合わされていたのだ。過去の事件と比べても残虐さで際立っている。百舌はもう存在しないはず。けれども、被害者の身分といい、手口といい、百舌絡みの犯罪でないわけがない。

 タイトルの意味は、作中でこんな風に説明される。

〈百舌落とし〉は百舌の上下のまぶたを縫い合わせたり、場合によっては足を枝にくくりつけたりして、飛べないようにするんだそうです。(中略)その様子を見て、ほかの百舌をはじめ、いつもは百舌を恐れる別の野鳥が、興味をいだいて寄ってくる。それを、隠れていたハンターが網やらトリモチやらで、つかまえるらしい。

 唾棄すべき罠だが、鳥類の図鑑や事典にはこの言葉は載っていないという。だが、実は載っている辞書がある。季語辞典だ。元は「鵙落し」と書く秋の季語なのである。

 茂田井老の死体が鵙落しさながらに加工されたのは、もちろん偶然ではない。犯罪者が、狩りの開始を高らかに宣言したのだ。わかる人間にはわかる脅しを込めて。

 果たして狙われる獲物は誰なのか。美希と大杉、第4作『よみがえる百舌』から登場した新聞記者の残間龍之輔、さらに大杉の娘で今は刑事になっている東坊めぐみは、真相を探るべく動き始める。大きな罠が待ち受けているとも知らないままに。

 最初に触れた通り、本作はシリーズ最終巻と位置づけられている。だから、前作で残っていた伏線は回収され、美希たちを苦しめ続けてきた黒幕の運命にも一応の終止符が打たれる。

 だが、美希はこう言う。

「百舌はいついかなるときも、不死鳥のように、よみがえってくるわ。前後の関わりがなくても、いつかかならず復活するのよ」

 魑魅魍魎という言葉がある。元は自然の気から生じる様々な妖怪を指す言葉だが、現代では社会の至るところに遍在する邪悪な人々を意味することがある。著者が本シリーズで描いてきたのは、まさにその魑魅魍魎の群像劇だった。

 人の皮を被ったバケモノがこの世から消え失せることはない。

 そうである以上、「百舌」の物語は姿を変えて動き始めるのかもしれない。

 今回、ようやく文庫化された本作だが、いずれ新たな蠢動がある……のかも?

文=門賀美央子

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