上海から来た少女と仲間たちが「声優」を目指す――! 「IWGP」シリーズ石田衣良が描く、夢へ向かって駆け抜ける若者たちの青春小説

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/22

心心 東京の星、上海の月
心心 東京の星、上海の月』(石田衣良/KADOKAWA)

 たゆまぬ努力を続けても、競争率が高く、ごく一部の限られた人しか就けない職業がある。いくら情熱があっても、叶うかどうかわからない夢を追い、日々奮闘することは、大きな覚悟がいる。きっと誰にでもできることではないだろう。だが、将来への恐怖を振り払い、挫折と挑戦を繰り返しながら、必死に夢を追うその姿は、傍から見ると、とても眩しくて、格好良く思えるのもまた事実なのである。

「池袋ウエストゲートパーク」シリーズの著者、石田衣良さんの最新作『心心 東京の星、上海の月』(KADOKAWA)は、声優を目指して、仲間とともに努力を続ける若者たちの青春小説だ。主人公は、高校卒業後、渋谷にある専門学校の声優科に入学した石森陽児。本当は学内の小説・シナリオ科に進む予定でいたものの、幼なじみの浩平の誘いで、声優科に進路を変更した彼は、とても聡明で紳士的、仲間思いで熱い男だ。

 物語は、専門学校の入学式で、陽児が、上海からやってきた不思議な声を持つ少女・陽心心(ヤンシンシン)と出会うところから幕を開ける。日本語は日本のアニメとマンガから独学で覚えたと語り、日本のアニメを切に愛する心心。陽児は、異国の地で何事にもアグレッシブに挑戦する心心のことがなぜか気になって仕方がないのだが、彼女は実は、大きな秘密を抱えていて――!?

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 本作の第1部「東京編」では、陽児が心心の他に、後に特別な仲間となる、幼なじみで孫悟空のモノマネが得意な浩平、肩を壊した元高校球児の苦学生・健太郎、5歳から子役として活躍してきた美女の遥、駅のキオスクで働いていたナレーター志望の女子・真琴とともに、声優業界の厳しい実情を知り、トレーニングとレッスンに励む日々が描かれる。声優業界は、一心不乱に学校で2年間鍛錬を重ねても、ほとんどの生徒が事務所との契約を勝ち取れず消えていく世界。先輩のほとんどは20代をアルバイトで暮らしながら、チャンスが来るのを待ち、自分の技を磨いている。だが、「声優学校の卒業生は屍ばかりなんだぞ」と初日で生徒に言い聞かせる声優科の教師たちによるスパルタな指導のもと、経験と視野を広げながら、自分の殻を破ろうと毎日懸命に努力する生徒たちの姿は、刺激的で熱いものが込み上げてきた。

 第2部「上海編」では、むき出しの野望と莫大な富がせめぎあう心心の故郷・上海に舞台が移る。心心の驚くべき出自や経歴にまつわる秘密を中心に、伸び盛りだという中国アニメを扱う大人の裏事情や、成熟したスマホ市場にまつわる上海の人々のリアルな声などもつぶさに描かれる。ミステリー要素も交えながら、陽児たちの淡い恋や熱い友情、人間としての大きな成長が、テンポ良く綴られており、長編小説にもかかわらず、夢中になって一気に読んでしまった。

 決して甘くはない世界で、将来への恐怖を振り払いながら、自らの技術を磨き、何とか少ないチャンスをものにしようと行動する夢を追う者たちの物語は、とてつもない勇気と仲間への思いやりとアニメやマンガへの愛にあふれており、光り輝いているように感じた。上海から来た少女が予想外の形で仲間にもたらしたものは一体何だったのか。ぜひ本作を読んで確かめてみてほしい。

文=さゆ

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