大手自動車メーカーが事故を隠蔽! 新聞記者・内部告発者・「犯人探し」担当の総務…三者の視点から描く経済小説

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/10

犬の報酬
犬の報酬』(堂場瞬一/中央公論新社)

「隠蔽」とは「人の所在、事の真相などを故意に覆い隠すこと」(デジタル大辞泉より)。あんまりいい感じのしない言葉だが、よく見かけるのは企業の不祥事隠しのニュースだろうか。残念な話だが、ある企業で経営陣が深々と頭を下げる姿を見たと思ったら、しばらくするとまた別の会社で同じような構図を見せつけられることもある。隠蔽したところでバレて謝罪に追い込まれるのはわかっていそうなものなのに、どうして企業はその選択をしてしまうのだろう――堂場瞬一さんの『犬の報酬』(中央公論新社)を読むと、そんなせっぱつまった企業の心理が少し見えてくるかもしれない。


advertisement

 国際的にも名高い大手自動車メーカー・タチ自動車は、目下会社が一番力を入れている自動運転技術の実験車が事故を起こしてしまう。現場はIT特区として自動運転の実証実験も認められている千葉市美浜区。一般路上での実証実験中に起きた事故は、社員が軽傷のみで警察から公表するレベルではなかった。だが、この事故が意味するのは「完全自動運転の実験中の初の人身事故」ということであり、社会的責任においては公表がのぞましい。だが、タチの首脳部はこの事故を公表しないことに決め、周囲の口封じに走る。だが数日後、東日新聞の一面でこの事故が報じられ、社内に激震が走る。どこから情報が漏れたのか? あろうことかタチ自動車では「犯人探し」のチームを発足、負の連鎖の泥沼が始まる…。

 物語はタチ自動車の暗部を探る東日新聞社会部の畠中、そして畠中に密かにタチの情報をリークするX、そしてタチ自動車の「スーパー総務」こと伊佐美の3つの視点が交錯しながら進んでいく。主軸となるのは伊佐美。彼は数年前にタチ自動車が起こした「リコール隠し」を土下座までして乗り切った経験があり(つまりタチ自動車は「リコール隠し」で痛い目を見ていたはずなのに、今回も事故の隠蔽を選択したわけだ)、今回は内部告発者探しのチームを任される。会社の方針に疑問を感じても、同僚を敵にまわすことになっても、たとえ「社畜」と揶揄されても、伊佐美は突き進む。「会社」の方針にしたがって尽力することが、伊佐美にとっては「正義」だからだ。

 一方、新聞記者の畠中を支えるのは社会に対する「正義」だ。自動運転は日本の自動車業界の生命線ともいえる分野であり、小さな事故であろうと報道するのは当然と考える畠中は、その後もタチ自動車を追いかける。じわじわと本丸に迫っていく記者魂の緻密な描写は、さすが元新聞記者である著者ならでは。激しさとクールさを併せ持つ記者の目線が絡むことで、沈みゆく大企業の姿が客観的俯瞰的にも見えてくる。

 そして内部告発者のX。その正体は物語の終盤で明らかになるが、Xにとっては危険な行為である情報漏洩を「あえてする」ことが「正義」だったのだ。物語では三者三様、それぞれの「正義」が交錯するが、もしかするとその熱量は同じなのかもしれない。

 そして迎えるラストでは、我々の予想は大きく裏切られることになる。だからこそ、むしろ、とてつもなくリアルであり、仕事するということ、生きるということは、こういうことなのだと唸ってしまう。圧巻の経済小説だ。

文=荒井理恵

あわせて読みたい