元・自衛官vs.中国秘密組織! 痛快アクション『ドリフター』は、日頃のストレスが吹き飛ぶ面白さ!

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/6

ドリフター
ドリフター』(梶永正史/双葉社)

 コロナ禍で行動が制限され、世界情勢も不安定。なにやら心がざわざわし、気が滅入りがちな日々が続いている。そんな中、問答無用で物語世界に引きずり込んでくれる作品が誕生した。『ドリフター』(梶永正史/双葉社)は、一気読み必至のアクションエンターテインメント小説。ハリウッド映画のようなスケールで、国家を揺るがす陰謀、男の武骨な生きざま、血沸き肉躍るアクションを描き切った一冊だ。

 何と言っても、主人公・豊川亮平の人物像がいい。自衛隊のテロ対策部隊を経て、世界各国のテロ情報を収集・分析する情報本部へ移った豊川は、書店で働く詰田芽衣に恋をする。彼女と付き合いはじめ、平穏な生活を望むようになった豊川は自衛隊を退官。だが、ふたりで訪れたバリ島で爆破テロに遭い、芽衣だけが命を落としてしまう。彼女の復讐を果たすため、たったひとりでテロ組織を壊滅させた豊川は、帰国後ホームレスに。誰からも干渉されずにドリフター=漂流者のように生きてきたが、ある出来事を機に新たな闘いに挑むことになる。……もうこの時点で、最高ではないか。マッチングアプリにこんなプロフィールの男がいたら即ブロックだが、アクション小説の主人公としては完璧である。ずば抜けた身体能力、圧倒的な戦闘スキルを備えていながら、どこか非情に徹しきれない人間味のある男。そのどうにも不器用な生き方に、たちまち心奪われてしまう。

 そんな彼が立ち向かうのが、テロ組織の背後で糸を引く中国の秘密組織だ。ニュースなどでも報じられているとおり、中国では近年、海外から優秀な人材を集める「千人計画」を推進している。著者の梶永正史さんは、そこから着想を得て「浸透計画」という架空の陰謀を作中に織り込んだ。もしも中国が人材を引き抜くと同時に、中国政府の息のかかった人物を日本に送り込んでいるとしたら。日本の情報を集めるだけでなく、国家の意思決定にも関与しているとしたら……。あくまでも創作だが、こうした“水面下の日本占領計画”が進行していても不思議ではないと思わせる、真に迫った描写が冴えている。豊川のもとに送り込まれる刺客、中国秘密組織の黒幕も手ごわく、最強の男・豊川が相対するのにふさわしい存在感を放っている。

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 そのうえ、ともに闘う仲間も謎めいている。ある日、捜査一課の刑事・宮間に協力を仰がれ、彼らのアジトである屋形船に連れていかれた豊川は、コンピュータに映し出された女性キャラクター「ティーチャー」と引き合わされる。ティーチャーが豊川の前に姿を現さないのは、なぜなのか。その正体は何者なのか。なぜ「浸透計画」の全容を暴こうとしているのか。たったふたりの仲間にもかかわらず、彼らを全面的に信用していいものか、ハラハラしながら読み進めることになる。

 さらには、芽衣そっくりの女性・朱梨(あかり)も登場し、なぜか豊川に手を差し伸べてくれる。彼女の素性や真意も気になるうえ、豊川との関係がどう発展していくのか目が離せない。他にも、さまざまな思惑を抱えた人物が次々登場。誰が味方で誰が敵なのか、最後までスリルを持続させている。

 もちろん、銃撃戦あり、格闘ありのアクションシーンにも力が入っている。スカイツリーなどなじみのある場所で闘いが繰り広げられるため、情景を思い浮かべやすく没入感も倍増。ラストまで夢中で読ませてくれるうえ、その後の展開にも興味を惹かれる。なにより、最高にかっこいい主人公をこの1作だけで終わらせるなんてもったいない! ぜひともシリーズ化をお願いしたい快作だ。

文=野本由起

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